オリーブグリーンの巨大な蛾、
ファシストドイツの爆撃機ハインケルがマドリードに無差別爆撃を始めた。
機銃掃射で撃たれるゲルダ。
愛機ライカが地面に投げ出される。
日経新聞連載「太陽の門」(赤神諒)では
5/1、米国人義勇兵の恋人リックの腕の中でゲルダは静かに息を引き取る。
スペイン内乱は1936,7~1939年。
バスク地方の古都ゲルニカがドイツ軍の爆撃機により絨毯無差別空爆されたのが4/26。
ピカソは怒りに任せて名作「ゲルニカ」を描いた。
1937,2ゲルダ・タロー「マラガからの難民、アルメリア」
難民…女、老人と子供たち。
この“ゲルダ”と云ふ名前にインスパイヤーされて───。
五月広場に母たちが集まって歩き始めるのは
行進であって散歩などではない
それぞれの胸に亡き夫や息子の写真を抱いて
五月の風に自分たちを吹き晒す
数えきれないほどの人たちが死んでいったので
五月広場の石畳の隙間からいかにも窮屈そうに雑草が生え
吹く風に戦ぐ
母たちは決して喜んで送り出したわけではないのに
気が付けば胸や両腕の中は空っぽになっていて
むなしい風ばかりが吹く
想ひ出の鳥たちが心細くも小さく鳴いて
そして二度と帰らないと景色へと飛んで行った
母にまつわりつく無邪気な子供たちの目が
それでも幾分悲し気に天の窓へと注がれる
五月広場ではあんまりに悲しい出来事で
みんな世間に黙りこくってばかりいるので
黒い衣装に身を包んだ母親たちが集まって行進を始めた
それは世界に自由と愛を告発するためであった
折から五月である。
アルゼンチンの“地の悲禍”五月広場の記事を何かで目にして、
スペインの内乱と、アルゼンチンの“ホワイト革命”と・・・
「記憶・真実・正義」をいかに回復させようとするか。
『汚い戦争』───
アルゼンチンで1970年代の後半に軍部や警察、右翼が
左翼テロ鎮圧を口実に市民を逮捕、連行し、拷問の末に虐殺した。
「国家によるテロ行為」と呼ばれる人権抑圧事件のことである。
多くの市民が連行されたまま行方不明者(デスアパレシードス)となった。
政府調査で判明しただけでも1万5000人を超す。
人権団体は、実際の死者は3万人に達すると告発している。
夫や子らが行方不明となった女性たちは、
真相の究明を求めるため「5月広場の母たち」という組織を結成。
軍政下の77年に、14人の母親が政府への抗議として、
首都の大統領官邸前の5月広場で無言のデモ行進を始めた。
倉石智證

