無常迅速。

死はとてもいそぐんですね。

とても生きている人のことを待ってはくれない。

去年の暮には、もう今年の春もご一緒しましょうと、

あんなに電話でお話ししたのに、

あっという間に先生は彼方へ攫われて行ってしまわれました。

 

景色が失われると云うのはとても空虚なことです。

そこに先生があたかも当たり前のようにおられて、

その周りに懐かしい景色がいつもある。

間山のお家におじゃまして、その無放題な庭が好きでした。

いほり様の面影も浮かんで来る。

毎年のなつかしい自然な楽しみだったわけです。

 

手づかみのタラの芽、なんと畑に芽吹くワラビ、

そして丹精込めた梅酒…。

みんなみんなありがとうございました。

しかし、先生があらっしゃらなくなった。

3/15日の中学の同級会もその席にいらっしゃらない、

5月のころの恒例の湯沢での野遊びにももう。

不在ということはほんとうにさみしいですね。

 

しかし、僕ら以上に肉親、ご親族の方たちの寂しさは、

もう想像に余りあります。

 

先生は戦死されるようなことが無くてよかったです。

先生が存命されてなかったら、

僕の人生はまったく予想もつかないことで、

そのことでは全く感謝しても感謝し足り得ません。

ご親族のみなさま、ご一統様には改めてお悔やみ申し上げます。

先生には深くご冥福をお祈りいたします。

ぼくらはしばらく先生の不在に耐えていかなければなりません。

ありがとうございました。

 

倉石智證