庭を影が横切ってゆくとき
あれは思ひだらうか
何かのシルシなのだらうか
空間の中のシミのやうに
眼の中に浮遊する
医院にて。
椿の花がポットンと落ちる時
ただそのただならぬ気配に驚く
後ろ振り返れば忘れていた係累たちが立ち並び
おいでと手招きする
みんな元気でゐてほしいと思ふ
多くの記憶がそしてとぼとぼとこちらに向かって歩いてくる
空は青くて花の色は切ない
とほくの距離を歩いてきたものだが
ぼくはその家はついに空っぽだと思ふ
記憶は次第に曖昧になり
その父と父を並ばせる
その母と母を並ばせる
ガラス障子や衾に囲まれた部屋を出たり入ったり
どうやら突き抜けたり
それでも飽き足らないと
ついに庭先に出て来たのだらう
赤い実と花は
南天と椿だけになった
椿はとくに思ひがけずいきなり落ちたりするので
嫌はれると云ふことだった
倉石智證
