ビールの泡が消えた。
対韓国ビール輸出がおよそ8億円ほどもあったものを、
「ゼロ近傍」まで落ち込んだ。
「ゼロ近傍」まで落ち込んだのはインスタントラーメンの類もそのようであるらしい。
内閣の推し進めていることは全く端的に云って“嫌韓”そのもので、
まるで週刊誌的素行そのものである。
一体、この売上減に対して誰が責任を取ると云ふのだらう。
売り上げの先々には民の頼りない暮らしがぶら下がってゐると云ふのにだ。
朝鮮半島とはつい目と鼻の先の対馬の観光も大打撃をこうむってゐる。
閑古鳥、臨時休業とは悲惨な話ではないか。
「輸出管理強化」は安全保障の観点からと云ふが、
「徴用工問題」に端を発していることは子供でも分かる論理だ。
政府は韓国が悪いと煽りにあおって、
ついに嫌韓の「親しみを感じない」人たちが71.5%とアンケートされた。
隣人であると云ふことは、仲良くするために隣人は存在するのであって、
喧嘩したり、嫌いあったりするために、
ましてや戦争するために隣人と云ふものが存在してゐるわけではない。
政府が逆行するやうに嫌韓をあおって一体どうしようと云ふのだらうか。
さうではなく、ありったけのエネルギーや、誠意や、知恵を絞って
仲良くする手法を考え正さなければなければならないはずだ。
「徴用工問題」は1965,6の『日韓国交正常化』の基礎となってゐる。
それは間違いのないことだが、でも庶民的感覚で解釈すると、
国と国との債権・債務問題の落としどころに対する国と国との合意に過ぎなかった、
と云ふ解釈も当たりり前のように割り出される。
「We, the people 」と云ふ時、人民とは一人びとりのことである。
ライ患者隔離、水俣病然り、フクシマの問題、───
つまり国家と一人びとりの間には大きな隔絶がいつも横たわってゐる。
政府は目立つところでは拉致問題に関しては盛んにアピールするが、
人権問題とはそのやうに絶えず国家によって引き起こされ、
そして常に取り残されて来たものである。
人々が生きづらさを感じたとしたら、それらは人権の問題である。
それは海を渡った韓国の国内問題でも同じ前提のことではないか。
精神的にイタイのはどこの国でもおおよそ間違いなくイタイのだ。
それに「人権主義」は世界の潮流になってゐる。
日本は曾て“遅れてきた青年”として、
世界の潮流がすでにノン植民地主義に大勢が決まっているにもかかわらず、
まだ朝鮮半島から満州にまで踏み込んでいった。
「満蒙が生命線」であるとするならば今の潮流では「人権が生命線」と
置き換えるのが正当であらう。
韓国は『日韓国交正常化交渉』を尊重し順守する。
しかし日本は韓国の徴用工の方たちや、慰安婦の方たちに、
その個人個人に対して心からの謝罪を面前において執り行い、
実際にどのような形になろうとも償いをせねばならないと思ふ。
1970,12ビリー・ブラント首相は突然ポーランドのワルシャワの記念碑の前に跪いた。
街のど真ん中に。
“連累”といふ繋がって責任や罪を贖うことの概念。
終戦後世代はあたかも自分たちが犯してもない罪に対しては、
謝罪しようも、償いようもないと云ふが、はたしてそうであるだらうか。
例えば東条英機らは靖国に祀られてゐる。
死者はみな平等と云ふが、しかし国家と云ふものが挟まると、
前者は国家を代表した者たちであり、赤紙を出した側である。
赤紙を出されて招へいされ戦場に倒れた者たちは兵隊さんたちである。
赤紙を出した側と赤紙を出された者たちが一緒に祀られている。
ぼくたちは国家がある限りは、
それらはおかしいと疑義し続けなければならないのではないか。
ベルリンに行けば世界のどこよりもナチスについて学べる。
日本に行けば、世界のどこよりも“植民地主義”について学べる、
と云ふ風にしてほしかった。
日本にはそのモニュメントの一つさへもない。
「この歴史の解釈を変えてはならない」
19,12,7朝日新聞
「虐殺を行ったのはドイツ人だった。この責任に終わりはない」
ポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所跡を初めて訪れた。
加害国の首脳として犠牲者を追悼。
式典に参加するドイツのメルケル首相(中央左)=6日(AP)
倉石智證






