憲法21条「検閲はこれをしてはならない」

憲法21条「集会、結社、表現の自由」

憲法13条「国家は国民を個人として敬へ」

『表現の不自由展』再開後の

「表現の不自由展・その後」の会場でディスカッションする参加者ら

=11日、名古屋市東区、代表撮影(19,10,25朝日新聞)

 

不自由がとっても自由になってしまったから

私の居場所は少なくなった

閉店になっても食べて行けると思ふから

わたしは首を差し出して

あなたはわたしの頸に紐を付ける

コンビニの外で待っていると

誰かが私の頭を撫でてゆくものもいる

ところで私がよく出来たクローンでなく

心底人間だと気づくのにそんなに時間はかからなかった

店内ではわたしは自分の好きなものを選んで

どんどんあなたの買い物かごに入れた

あなたはちょっと舌打ちするが

もう外表に出てゐなさいとも云ふことも出来ず

私のままにさせる

わたしがぴょんぴょん跳ねて

あなたの足元にじゃれたりするものだから

ついにあなたは困ってしまい

とうとう家に帰ろうと云ふことになった

 

四壁は頑丈なコンクリートの四角に囲まれて天井に塞ぐ

窓は小さくても外が見えればかまはないと云ふことだった

部屋に帰ったら

今度はあなたの頸に少しぐるぐる紐を回してあげましょう

自由がとっても不自由になってしまったから

あなたを作品として壁に飾ってあげやうと思ったのです

つらいなぁ、つらいなぁ

自由がこんなに苦しいものだとは思っても見なかった

あなたはわたしのそんな顔を見てくすくす笑ふ

ドアは門扉に頑丈に閉ざされ

小さな窓からは少しばかりの光りが入る

政府からのささやかな報せでした

いまでは私たちはお互いの頸に紐を回して

口で引っ張ったりして巫山戯合いっこもします

まるで草臥れて涙が出るほどに

 

自分の心も体も、自分のもの。

それが許されないなら「どうか何も考えないように作って」下さい。

不自由が自由に、自由がとっても不自由になってしまったのでした

外での展覧会などはもうとってもダメですよ

 

自由を「公」に服属させるとどうなるか。

委縮は忖度文化を生み出す。

戦前ではすべてにおける忖度の連鎖がある“空気感”を生んだ。

悪しき方の共感が共振を生み出し「体制翼賛」、戦争へと一気になだれ込んでいった。

憲法13条「生命、自由、および幸福追求権“公共の福祉に反しない限り”」

19,10,23太田政男氏ブログ

1762ルソー『社会契約論』

 

倉石智證