悲しいことはみんなこの壁の向かうにあって
ゆうべ真央ちゃんにお母さんが亡くなったんだって
悲しびみたいなものはもう少しこちらにあって
五木寛之さんは二上山を下りてくる
下山だ
下山せよと云ふのだ
法然さんも親鸞さんも道元さんも日蓮さんも
みんなみぃんな山から下りて来たからだと
草木は靡 なび くよ
ずっとまへから
みんなこの放射能を何とかしてくれと思っている
人は懲りない
懲りないものだ
すべての人に 203 高地
誰の心にも 203 高地と云うものがあって
みんなは 203 高地を抱えている
爾靈山嶮豈難攀,
男子功名期克艱。
鐵血覆山山形改,
萬人齊仰爾靈山。
(爾霊山 にれいさん 嶮 けん なれども 豈 あに に攀 はん ぢ難 がた からんや)
どんなに嶮しくとも
だ・・・
どんなに艱難かんなんだったとしても
だ・・・
深く澄んだ森林のやうに閑 しず もる眼の奥に涙がこもる
すっと眼の中が暗くなった
時が経っても転 うた た荒涼
十里風腥 なまぐ さく
酸鼻 さんび はここまで届く
忘れていただけさ
それらはずっと続いてゐて
放射能が洩れて天高く舞い上がった
登れ、と云ふ声を聞く
本能のやうにそれは頭蓋に響く
昆虫のやうに身を固くして
疑いやうもなく突き進む
どこへ ?
塹壕の中から多くの幻となって
山の上の弾幕の中へだと思ふ
あれからこれへ至ったのだ
財政の不安も
金融の不安も
信用の不安で
世情の不安は住み暮らす人の眼と鼻の先にある
ないものをあるものと信じて
無明を山に登った
サミット─── 結局は 9 日の朝までかかって会議は続き
マネーの悪さをどうしやうかと
しかし、万事血は腥し
ウォール街もシティーも根は同じなので
握手して
笑っているけれど、笑っていない
守れないのなら
外に居た方がいいのだ
ああ、入って居なく良かったとさへ仰る
203 高地も革命も
原爆も原発もそんな遠い距離ではない
みんなよくなろうとして攀 ハン じがたからんや
岩に爪をはがし血で汚し
泥濘に足をとられ
それでも
それでも子々孫々孫子 まごこ のためにとて
悠久の歴史を歴史的絶対として
攀じがたからんや
こんな風にしてやっとここまでやって来た
一抜けたとて
下りろと云うんか
文明の病は根が深くて
とてもじゃないが一息入れるわけにはいかない
肩の荷を下ろさうとしても
次に誰に担がせやうとするのか
宿痾 しゅくあ を振り棄てるわけにはいかない
誰一人としてサボっているわけではないんだ
でも、それはそれとして
9 日の日にたまたま二つのことが重なって
わたしはほんの通りすがりのものだけれど
突っつけば破れるほどの
山ほどの悲しみを抱いて踊っていたんだと
今になって知った
誰しもが生を踊る
笑っているけれど
笑っていない
だが死は生よりも確実で
そこに在ったものが永遠になくなっているだなんて
永遠の衝撃だ
「3.11」以来、 すべてにこんなにも確かなものなのに
こうして悲しいことがあってもなくても
机のまわりは少しも片付かなくて
国会は少しも前へ進まないで
万事に腥し
これじゃあ乃木さんは浮かばれないね
豈、攀じ難たからむや
豈、攀じ難たからむや
爾靈山 にれいさん 嶮 げん なれども豈 あに 攀 ハン じ難 がた からんや、
男子 だんし の功名 こうみゃう 克艱 こっかん を期す
鐵血 てっけつ 山を覆 おほ ひ山形 さんぎゃう 改むる,
萬人 ば ん じ ん 齊 ひとし く仰ぐ爾靈山。
203「にれいさん」爾靈山 にれいさん
爾(なんじ)の霊の山。
ああ、なんと云ふことだ。
息子さん二人をここで亡くしている。
1912,9,13(自決当日)の乃木夫妻
1912,9/13 殯宮を出て明治天皇の棺が二重橋を渡る。
その弔砲を聞いて乃木さんは皇居の方に向かい奉拝、
後しめやかに妻静子さんとともに自刃した。
乃木さん辞世
「うつし世を神去りましゝ大君乃みあと志たひて我はゆくなり」
妻静子さん辞世
「出でましてかへります日のなしときくけふの御幸に逢ふそかなしき」
たましひとか精神とかがまだ世間に明らかに存在してゐたらしい、
と云ふ時代の事であった。
浅田真央ちゃんのお母さんは 2011,12/9 に死去。
GP ファイナル(カナダ・ケベック)に出場予定だった浅田は、
この日、 成田空港に緊急帰国。国内線に乗り換え、自宅のある名古屋市に夜到着。
しかし、母最期の時には間に合わず、悲しみの中、無言での対面となった。
人は確かにさらに上の何かに上ろうとしてあがいてゐる。
真央ちゃんの哀しみのステップ、氷上ダンス……。
2018,17/13
『哀喪「3.11」災後物語』(下巻)
倉石智證
