よきものを見んと
よきものを右手に見んと
出掛けた
善きことをせむと左手はその先を探していた
左手は右手のすることは知らずに
なかなか正義は見つかりがたく
左はたいてい残されたままになり
いつか別れ別れになり
それで背中同士はくっつくことになった
おい、と声をかける
はーい、とどこか遠いところから返事がある
谺でしょうか、と云った女の子は港町に住んでいた
赤い靴はいただけない
でもふたりでひとつなのだからさみしくはない
すこし暮れなずんだ赤い靴なんかを見かけたかもしれない
ショーウィンドウの前でぐずぐずしていると
後ろを腕を組んだ老夫婦が通り過ぎて行った
ぼう、と鳴る船の汽笛を聞いただらうか
灰色の霧が落ちて来てそこでまた
おーい、と声をかける
なんだい、とすぐそばから声が返って来る
ところで私の好きなだんな様はお先にとほくに逝っちまった
移り棲む日々に
少しもさみしいことなんかない
でも待っているしかないなんてとってもつらいことだ
何も出来でんようになったら取ってもらうしかないね
自分が自分をどこにするのか分からないと云ふ
船は出て行ったのかどうかも知らない
さみしくはないがどこか夢の中にゐるやうな気がすると云ふ
埃のやうにくぐもったお喋りがずーっと続いてゆく
《遠く離れてしまっても 思い出に満ちた未来へ
/瞳(め)を閉じれば 君と過ごしたあの季節が思い浮かぶ》
死は生に閉じられても思い出は未来に続いてゆく。
それはなにしろ死者がさう考えているものだ。
倉石智證

