ヤヌスは両方を向いてゐる 

居場所を探ししてゐるうちに多くのものがいびつになった 

やはらかいいびつ 

やはらかく歪み 

口と尻 

足と手 

寒いのか暑いのかも定かでない
女陰 ほと から麦が生えてくるやうに 

目糞から豆が生えてくる 

全部が分かちがたく結びついてゐるのだ
 
空を見上げてゐるだけで滂沱の涙が溢れて 

ヤヌスの両の頬を汚した 

塑像は陽の陰影に冷へ 

倒れていたものが不意に起き上がる 

米つきバッタのやうに昼と夜を転々とする 

大きなビルの中で 

誰も居ないといふのはこはいものだ
 
ヤヌスは両方を指してゐる 

過去か未来なのか

入口なのか出口なのか

暑いのか寒いのかも分からず 

今朝も多くの人たちは自宅を出ていった 

コンビニでサンドイッチを買って 

地下鉄で食べるだなんて 

やけにカーブに軋む音が凶暴ではないか 

 

カンブリアは地下鉄に、

ジュラ紀は摩天楼に

昼と夜を 

平安と不穏を 

すべては分かちがたく結びついて 

すべては居場所を探してゐる

 

しきりに考え込む 

しきりに話しこむ 

しきりに思ふ 

しきりに肯く、咳き込む、気遣ふ 

ヤヌスを地下鉄のホームに置こうか 

ホームに置いてその周りを水で飾ろう 

多くの人がすれ違ふ、行き交ふ 

誰一人として気づくものが居ないかもしれないが 

でも、何万年もたてばこの地下鉄に 

口と尻 足と手 

女陰から麦が生えてくるやうに 

目糞から豆が生えてくるやうに 

ヤヌスのあらゆる穴といふ穴から 

蔓が夢のやうに這ひ出て 

地下鉄といふ地下鉄を 

きっと埋め尽くすかもしれない
 
何万年もたてば地下鉄の駅に

ヤヌスは倒れ伏し 

蔓や植物やあらゆる多くの混乱とともに 

それは 

埋め尽くされてゐる

 

ヤヌスはアヌスだ。 

「考える」が肛門に集まる。 

口が肛門だった時代がある。 

口から肛門にいたるまでの長い空腸。 

内のものかと思ったら長い外のものでもあった。 

外であり、内である。 

夜が闇であり昼であってもいいわけだ。 

ヤヌスはますます悩み深くなる。 

すべてが悩ましく分かち難い。 

 

2018,7/13

『哀喪「3.11」災後物語』

倉石智證