全編「アルビノーニのアダージョ」で───。
昨夜来の激しい雨が上がり青空が出て、雲が流れていく。
雨が上がったのに彼、ないしは彼女が落ちた。
どうも巣からうっかり落ちた。
生命切実と云うかだから幼い鳴き声がどうも少し滑稽にも聞こえる。
ピーちゃんは瓦の上に屋根の巣から落ちた。
だからもうどう考えても兄弟のところへはもはや戻れない。
母と父を空に求めて必死に鳴くしかない。
アダージョが耳元で聞こえる。
私は跣になっておそるおそる瓦の屋根の傾斜に向かう。
まあ、ダイジョウブだよ、そんなにコワガラナイデ、と手を広げて、
そしてピーちゃんを右手の中にやはらかく包んだ。
パタハタハタ、パタハタハタ…。
とりあえずの段ボールの箱には湯湯婆を入れてタオルを敷いて、
妻はミミズを畑から持ってくる。
卵を茹でてその黄身をつぶして差し上げた。
鳴くばかりで食餌を挟んだビンセントには嘴を背けるばかり。
「汝、落ちた小動物は拾う勿れ」。
さて天に返すか、地に冷たくして返すものか、
迷うところだ。
千々に心乱れて段ボール箱を欄干に出して、窓を閉めた。
ピーちゃんは鳴き続けて、やがて父と母が来たようだ。
曇りガラスの窓の向かうに羽ばたきの音と雀の影が躍った。
そして、静まり返った窓をわたしはそっとおそるおそる開ける。
アダージョは重苦しさから少し快活へと響かう。
あれあれあんなところにピーちゃんは。
屋根の庇へと下りて、雨樋の中へ身ごとずり落ちる。
古来真実に啼く声は天に通じ、何かが起こるものだ。
いきなり何処やらから親雀が現れて、咥えていた餌をピーちゃんに与えた。
ピーちゃんは、うるうる。
ところがそれからがまずかった。
いや、巣へと帰れないピーちゃんにはそれしか選択肢がなかったんだ。
樋に羽ばたいて、ピーちゃんは地に落ちた。
わたしはたちまち行方を見失う。
鳴き声はないか。
鳴くものはゐないか。
そろそろと夕暮れが迫って来る。
ば様は“夕暮れ症候群”。
ぼくらを振り切って“しはく”散歩に出かけてしまつた。
ピーちゃん、やあい。
雨上がりに雲は素早く流れてゆく。
その時、足元にピッと鳴き声がしたやうな気がして、妻がキャッととび退る。
いたいた、ピーちゃんやあい。
花の咲き終わった芝桜の蔭に、つぶらな眼を見上げて、
でもどうする。
芝桜はまだ露湿りして、とても寝床に寒いぞ。
ぼくらはみんな百代の過客。
みんな旅人の途上にして、でも雀の子には今夜の臥衾さへなくて、
どうすんだピーちゃん。
ばーさんは農道のあっちに。
雲は素早く空に流れて、
地に荘重なアダージョが調べゆく。
無数の小動物が眼を見開いてひしめき合ってゐる。
倉石智證







