それは小さきものの形容かたちをして

それは廊下の奥の端に生まれたりして

その形容に水気をいっぱい湛え

生まれ笑い、もう直にしゃべり出す

 

気が付く頃は家居の一本道に出て

スカートを腰にゆすって歩いてゆくのはお母さんで

シャッシャッシャッと小さな子供は小さな声を上げ

三輪車を漕いでゆく

時々は立ち止まり

そして塀と空を見上げる

母よ、と声をかける前に

凝っと左右してゐると

少年らの声がして

少年らは自転車に乗ってみるみる近づいてきて

他愛もない会話が自転車越しに

母とその小さき子にすれ違いざまに降り注ぐ

あゝ、そのやうに母と子は永遠に道にご機嫌であったのだ

母のスカートの下からは魔法のやうに玩具やお菓子が出て来て

やさしくあやす言葉は蜜のやうに小さき子の瞼を重くする

 

母よ泣きぬれてリンリンと乳母車を押せ、

なんて云ふこともなく

父は戦争に行くこともなく

ただ家居の間には長い塀と

ただならぬ空の広がりが雲を映し

鳥は鳴くことを忘れ

だから時々は父は畑に下りて

玉ねぎ畑やぶどう樹の下で、

ハッ、ハッ、

大声を立てる

 

少年らは家に帰り、

母子はもっと先に行こうとする

父たちは棒杭のやうになって村の入り口に立ち並ぶ

戦友たちが陽炎のやうになって村の一本道にたどり着く

すべては幻影には違いない

シャッ、シャッ、遠ざかる無心の声に

揺れ動く影に

小さき子はこの惑星のやうに

まだまだいっぱいの水気を湛え

時々は揺れ動く母のスカートの端を引っ張り

シャッ、

シャッ、

無邪気に

 

倉石智證