あの雲はたった今の雲のやうで
そのことがすごく好ましい
でももう少し、と思ってちょっと用を足して戻ったら
もう別な雲の形になってゐた
それはまるでまだ馴れていないあなたを見るやうだ
春の空はうるみ、雲はぼんやりと真っ白なのに
あなたときたら痛々しく乾いてゐる
ぼくが望んだのはさうではなく
もっと優しいもの
手触りにふくらみ
安心できるもの
それなのにあの雲ときたら
山の端にかかり
なんとも気まぐれな風で
だからちょっとだからと云って
用を足しになんか行かなければよかった
たった一度きりだよと念に押され
わかったよ、と口を噤む
あなたに私が不慣れなままに
ついにどっかへ行って仕舞うのではないかと不安になる
指を立ててこの指に留まれと
ぼくはきっとこののやうにするよと告げたまま
ちょっとだけ用を足そうと思ってその場を外しただけなのに
窓の下をあなたは不用意にわーっと駆けて行って
あの雲ときたらさんざんに空にちぎれて
もう元の雲の形なんかとっても思い出しようにもなかった
倉石智證
