問ひませう

なにもないんですから問ひませう

さびしさの果てなん国はあちらですか

人が死ぬのはやあですね

 

暖冬です

ワール、空は晴れていますが甲府盆地に渦を巻き

そのなかを自衛隊機が北の方角に向かって飛んで行きました

けふはやたらと白鷺が飛ぶ

一羽二羽、三羽四羽・・・

どうしても番です

またとてもとほいお空に芥子粒のやうになって飛ぶ気配もあって

わたしは凝っと耳に手を当てて目を瞠ります

 

問ひませう

ほんたうになんにもありませんね

山茶花がどっと次から次へと咲いて

裁判がありましたよ

大勢な人たちが列をなして並び

あちらの国では煙が立つほどのデモがあったやうです

そしてもはやどうして

と云う風には問へないのかもしれませぬ

人類が疲れ切って来てゐる

あんな風にのべつ尋問され続けたり

審議が全く進まなくなったり

Kなる人物がそこに影絵のやうに佇って

そしてまた城へと奥深く戻ってゆく

(カフカ的をイメージして・・・)

 

whirl ぐるぐる回る、は巨大な眩暈です

福音のハズがたちまち作為と錯乱に陥入する

大人たちはどう考えても不真面目この上ないではありませんか

誰かが苦しんでいる間に株価が上がるなんてそんな馬鹿な

GMのことですよ

人を手段としてではなく

目的として扱え

3000人も外国の人たちを雇止めしたりして

亀山のことですよ

もはや経済合理は人々に福音をもたらさない

いたるところで

この年の瀬も迫って来ると

泥水のやうに不幸が湧き上がって来る

だれ一人として国民を個人として扱へ、

また土を海に入れるんですって

沖縄の今に続く精神の飢餓のことですよ

 

コクピットはあなた方のものではありません

空を飛ぶ鳥は自前の翅ですが

あんたが乗る車も国会も

あなたが君臨する株式会社も

あなたの能力自身ではない

それを錯覚して高速道を煽る

何十億円と云ふマネーを私物化する

それを平気とするならばもはや精神が病んでいるとしか云へません

企業の個人への献金は禁じられているものを

民主主義で富を得て

富で民主主義を買う

おかしくなった世界です

 

歩きませう

小さな灰色の羊の群れになって

レジスタンスはもうありません

しかし、少しの配慮と水くらいは下さい

海を渡って来たのですから

それに砂漠の棘は身を切るほどに痛む

まさか土の上に寝るやうになるとは思ひませんでした

あの境界線は眼の前にどんどん高くなっていきます

 

問ひませう

なにもないんですから問ひませう

さびしさの果てなん国はあちらですか

とにかく歴史がこんな風に

世界史がコクピットのごくわずかな人たちによって

こんな風にどんどん決められて行ってしまうことには

とても耐えきれません

12/6はエルサレムが首都宣言されて1年、

パレスチナではもう280人が死にましたよ

どう云ふ権利権限が神に許されて

精神の無き専門人と云ふ、

良心のない享楽人と云ふ

とても耐えきれませんから

さびしさの果てなん国ぞ、

あゝよきに、よきに鳥にしあらねばよきに

さびしさのはてなん国ぞ

 

さあそれではみなさん

そろそろ正義をしませうか

 

倉石智證

「木の葉を震わす風にも

わたしは心を痛めた」

詩人・尹東柱ユンドンジュは1945,2/10(27歳)、福岡刑務所で獄死。

韓国では国民的詩人として慕われてゐる。

太平洋戦争の最中、1943,7/14、

同志社大学の学生だった尹東柱は下鴨警察署の特高刑事によって、

朝鮮独立運動に関わったとして治安維持法違反の疑いで逮捕された。

(林るみ18,11/24朝日新聞)

国家による理不尽、不条理は歴史を越えて今に続いてゐる。

 

精神の無き専門人、

良心のない享楽人───

1905マックス・ヴェーバー「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」

1759「道徳的感情論」(A・スミス)公平な観察者、人間相互の共感。

1776「国富論」(A・スミス)神の手は人間の欲望を開放することで・・・

1776アメリカ建国。

自由、平等、人権、法治。

能力主義、成果主義、数値主義、自己責任。

プラグマティズムは勤勉なプロテスタンティズムと自己責任に基づいてゐる。

ウォール街とエネルギーや軍産複合は冷酷なマネー資本主義、

"契約"はキリスト教福音派の淵源、利子は旧約聖書に語られる。

世界はトランプ氏の"ディール"まっただ中にゐる。