けふはほぼ一日中
「死んだ男の残したものは」
が頭の中にリフレインしてゐる
わたしはけふも松に上って
それは結構アブナイ
ろくなもんぢゃあないね
山折哲雄のおっちゃんがワルイね
最近死の話ばかりを書いてゐる
俊太郎さんが書いてね
武満徹さんがね音符にした
「死んだ男の残したものは」がリフレインする
松のことは松に聞けってか
手を休めるわけにはいかないし
なにしろ危ない空間にゐるものだから
それでもここにも平等はないね
青々としてゐるのは盛んに陽が当たる枝
可哀そうなのは日陰の枝だ
早々に枯れた松葉を下枝につけて
どうにも萎たれてゐる
わぁッと新宿に出掛けて
わあッと穴倉みたいな飲み屋に入って
朝に帰った
何をしていたんだらうね
あの頃は死のやうな
死に近いやうな歌がいっぱいあったな
なにしろ海の向かうにはヴェトナム戦争だ
どうも地球の上に朝が来た、
って云ふわけにはいかないね
どうも簡単に平等って云ふわけにはいかないね
どうも自分の意思ではなく
そんなところにぴょんと生まれるんぢゃない !
困ったな、
困ったな、
松の手入れのことなんだけれど
おまへたちはまあほんたうに
日向以外はまあえらいところへ生まれて来ちまったな
ぼくが精々できることは
黙ってきみたちの話を聞いてあげることくらいだ
倉石智證
1965はわたしが高校を卒業した年だ。
ヴェトナムでは"北爆"が始まってゐた。



