1950ロベール・ドアノー「パリ市庁舎前のキス」(1950年) 

・・・・・・・たった、6年間の間に・・・・・・・

1944ブレッソン「ストラスブール近く、終戦、フランス」───

 

彼女は男の太い腕を胸に抱いた

つまり抱いてもいいわよ

と云ふことだった

海の見える丘には海風が吹き上げる

女の髪は風に靡いて

男と女は同じ方向を二人して眺め

自分たちの暮らす古びた街を眼下に見下ろした

ひとつひとつの窓を探した

 

数えきれないくらいの窓が通りに開いてゐる

喧噪はやすやすとカーテン越しに部屋に入って来る

まどろみはまどろみ

泥濘はベッドの下に蹲る

こんな時に限って───

報せはたいてい不吉なものだ

 

どこかで戦争が始まった

公正と正義がひっくり返され

銃口が窓の遠いところから照準される

男は機械仕掛けのやうに跳ね起き

「行かないで」と叫ぶのに

上着を引っ掴むとドアを後ろ手に

階段を通りに下りると

いそいで丘の上へと急いだ

旗が翩翻と翻ってゐる

汽笛が嫌な音をたてて港に鳴り響いた

 

ようやく女は後追いかけて男の傍らに立つと

彼女は男の太い腕を胸に抱いた

海の見える丘には海風が吹き上げる

女の髪は風に靡いて

男と女は同じ方向を二人して眺め

数え切れないほどの窓が通りに面し開き

懐かしい景色に

男と女はしばらく茫然とする 

 

倉石智證