/白峯にうぐいすの鳴き通しなり
/瀬戸内に朝の明けゆく磯の船
/紫陽花に色も遅れて遍路道
/白峯に誦唱ウグイスの聲になり
/白峯や蜥蜴も神の使徒つかいかな
/雲水の布巾干してふ雲の峯
/二人なら秘密水子供養かな
/紫陽花や水子供養をこの寺で
/方丈の天の窓より陽の入りて道後のお湯のやはらかきかな
/神の湯と云へり湯口に神とくとく漱石子規もここにあそめり
/松山や道後は俳句甲子園夏井いつきの声の嗄れゆく
/金毘羅も饂飩に流す夏の空
/金毘羅や杖を頼りのしゅらしゅしゅしゅ上がって見れば下る忘れる
/金毘羅や登る暑さやしゅらしゅしゅしゅ応挙の滝の涼しかりけり
/湯の釜は松山にあり松山に青春賛歌今も昔も
/蓮の花汚れたままにしておきぬ
/頼むこと多すぎて夏法のり忘れ
/陵みささぎや震える舌の目覚むれば昔を今に為すよしもがな
/人に聞く眼が血のやうで舌噛みぬ三大魔王髪爪のこと
崇徳院は都の方をとほく望み、
決して我が身は怨霊となって祟ることになろうと、
土蜘蛛のやうに伸び放題になった髪振り乱し、
これも伸び放題になった爪で我が身と虚空を引き裂き、
舌を噛み切って、草庵に命を果てた、
と云ふ話である。
1158,8/26、崇徳院は鼓岡で亡くなる。
西行が白峯の崇徳院の陵を訪ねたのはそれから3年後。
西行が陵に額づいてゐると、
突然、あたりと陵が振動して・・・・・・
(日本の三大怨霊は、菅原道真・平将門・崇徳院とされてゐる)
それに付けても我が内閣府である。
8/5に首相をはじめとして上川法相、小野寺防衛大臣等、
宴会をしていたと云ふのだ。
台風、低気圧がそこに近づいてゐる。
オウムはバッサリと首を執行され、
官邸は何十年ぶりと云ふ大洪水の被災の起こるべきことに対しての、
初動を忘れた。
「国民の命と財産を守る」───、
いよいよ首相の身上が空しく聞こえる。
被災犠牲者、行方不明者は100人を超えた。
倉石智證

