それはとても複雑な音楽かも知れない
と云って妻はキッチンに立つ
辣韭らっきょうの薄皮を剥き
茹でた新じゃがをボウルに潰し
まだがんばって畑に採れる絹さやの緑色を飾ったりする
妻の背後に朝のピアノ曲がかかっていたが
いや案外それはピアノではなかったかもしれない
片時と云へどもおちおちと出来ないのだ
いろんなものたちが周りに育って来てゐる
リュイリュウイリュイと電線に鳴くのははや子燕で
母に風の中での飛び方を習ってゐる
それなのにばばは今からお墓に行くと云ってきかず
日除けの帽子を深く顔に被った
あそこにはキッチンで
あそこには手押し車で
日翳や陰影は色々なところに分散して
みんなそれぞれに好きな方角に出掛けやうとして
それは
陽は斜めに射していたが今はずいぶんと落ち着いて
締め括りのやうにどこかでカッコウとデデポポーが鳴く
燕たちの鳴き声ときたらりゅりゅりゅと
なんだか美しい玉が口中でこすり合わされるやうな響きになって
不意に風の中から飛び出して来た
倉石智證