ラ・マルセエーズ五月の薔薇を焚きたてつ

 

1968,5/10パリ、カルチェラタンの舗石が剥がされる。

「五月革命」と称される学生たちの反乱が始まりフランス社会全体を巻き込んでいった。

しかし、学生の「反乱」を抑えつけたドゴールは68年6月の総選挙で大勝する。

1969,3/30、日曜日の朝。パリの路上で30歳の女性が、シンナーを被って焼身自殺した。

フランシーヌ・ルコント。

ベトナム戦争、ナイジェリアに心をいため、自殺した時もビアフラの飢餓の切抜きを持っていたという。

 

フランシーヌの場合は

あまりにもおばかさん

フランシーヌの場合は

あまりにもさびしい

三月三十日の日曜日

パリの朝に燃えたいのちひとつ

フランシーヌ

 

ホントのことを言ったら

オリコウになれない

ホントのことを言ったら

あまりにも悲しい

三月三十日の日曜日

パリの朝に燃えたいのちひとつ

フランシーヌ

 

───稚拙であること、純粋であること、それらは青春の要件だ。

 

 

倉石智證