/健ちゃんの洗車バケツに水ぬるむ
/足指で春を知らせる赤ん坊
/お返しは未だ寒の内寒雀
/時を越へ眠兎はいまに白兎
/丼にマルタのマグロ春の宴
/ピザ生地の呟き春や捏ねるほど
/鍋にして家族四人は基本形
/初狩やけふ立つ富士に春霞
/幟立て港出てゆく春の船
/牡蠣割って身のぷっくりとあんぐりと
/春光や牡蠣の雫の歓ばす
/白銀にふた瘤駱駝薬師岳妻の名付けしふた瘤らくだ
/古き歌唄へば手打ち足拍子歯抜けの口に聲若返る
/眠るまへけふ何日を確かめて妻送り出す妣ははを寝所に
明日は発たちゃるかつばくら(燕)よ
遠い旅路に子を連れて
どこへ行くやらはぐれ同士
荒れ野の果ての野の果ての
知れぬ苦労の一人旅
ば様のおとーさんが畑仕事やお蚕のお世話の合い間合間に
よく唄って聞かせてくれたとば様は云ふのだ。
タツオおとーさまは高い声がよく出る人で、
お蚕がそれはそれは忙しい時に、でもそれで急かせると云ふわけでもなく、
でも大急ぎでお蚕をモズの中に移してあげないと、
いろんなところで繭になり始めて仕舞ふ。
はしきやし───。
ば様も高い声で、おぼこのやうな声になって、声うつくしく唄うのであった。
即今は瞬時に忘れることばかりだが、
かうして昔のことはしっかりと覚えているのである。
倉石智證



