ある晴れた日にお会いしませうか
都会でも鳶がくるりと輪を描く日があるのです
寒い日にはあなたの太腿の間に手を入れる
あなたはひゃっこいひゃっこいと云ふが
わたしはあったかいあったかいと
ひゃっこいひゃっこいと
あったかいあったかいと
そんなことを云ひ合って
眠りにつく前まで巫山戯ていたものです
赤い薔薇のことでもお話ししませうか
まるで天鵞絨の肌の艶めかしく
陽が触れる度に様々に耀くのです
びっしりと生えた棘を小さな蟻が一生懸命に這い上がって来ます
夕日に、花咲く時ではなく、今にも
花弁が散ろうとするその時ほど
懸命に生命を考えたことはありません
シュメール、アッカド、バビロニア、
ヒッタイト、ミタンニ、カッシート───
生成して、滅びてゆくのですね。
■紀元前1285(カディッシュの戦い)ラムセス2世とヒッタイトの戦い
■モーゼの“出エジプト”もこの頃に重なる。彼らはエジプトなどでヘブライ人と呼称される。
■アメンホテプ4世(妻ネフェルティティ)。(母は別)アメンホテプ4世の子がツタンカーメン。
アメンホテプ在位 紀元前1362~1333ころ
ラムセス2世在位 紀元前1279-1212ころ(異説あり)
■ダビデのユダヤ王国は紀元前1000年ころの話し。
■ペリシテ人(東地中海「海の民」)のガザやカナーンへの進攻、定住は、
カディッシュの戦い以降タビデの王国の間。
牧童ダビデは投石器でペリシテの伝説の巨人ゴリアテを斃した。
カナーンはヤハウェによってアブラハムに約束された地にすぎません。しかし、モーゼが「出エジプト」の頃東エーゲ海の海の民が鉄の武器を携えてヘブライ人の地に進攻、ガザやカナーンの地に定着しました。彼らは後にローマ人によりペリシテ人と呼びならわされ、定住した地はパレスチナ、と云ふことになったのです。
ペリシテ人の巨人ゴリアテは、ヘブライの彼らの神を嘲笑ったが、羊飼いの少年タビデの投石器に斃れる。多くの無数の人たちが蟻ん子のやうに逃散し、また真っ黒になって集合したに違いありません。多くの真赤な血が大地に吸われ続けたのです。タビデの子、ソロモンは栄華を極めました。しかし、そのソロモンでさへたった野の花の生きた百合の花には到底及ばないと、キリストはその貧しさを嘆くのです
やがて王国は分裂し、北のイスラエル王国(サマリア)と南のユダ王国(エルサレム)とになりました。文明は地政学、気候と共に漂流するのです。北はアッシリア(全オリエント=最初の世界帝国)によって滅ぼされ、南も年遅れて新バビロニアに征服されました。彼の"バビロンの虜囚"は紀元前538まで続き、屈辱と苦難は彼らに"メシア"は必ず契約した民「選民」に現れ、約束された地カナーンに解放されると、固い信念は精神的王国としての彼らをますます強固に導き出しました。ユダヤ教が確立(「旧約聖書」)されたのはおよそ紀元前440年ころのことです。
前538 アケメネス朝ペルシアのキュロス2世により「バビロンの虜囚」から解放される。
前440頃、ユダヤ教の確立「旧約聖書」
自称はイスラエル人。しかしこの頃から他称のヘブライ人からユダヤ人と呼ばれるようになった。
ヘロデ王は、エルサレムに神殿を造り、ガリラヤには予言者が現われ、ナザレの馬小屋でキリストが生まれます。罪と赦しを説き、戒律ばかりではなく現世的利益をも説くキリストは恰もユダヤ教の改革者か異端者かのやうで、奇跡も起こすとかで次第に人気者になって、彼の行く先に多くの群衆が付き従うやうになります。人が付き動くところにはマネーも動き、弟子たちにも集まって来る献金を金袋に、それをユダが管理していたようです。ユダは時にネコババもする。マネーに興味があったやうですね。
ローマから属州総督ピラトがユダヤにやって来た。
「私はこの男に罪を見いだせない」───最初はキリストに「あなたの王国の王」ならと、およそ精神界の過剰に対しておおらかで、寛容にやり過ごそうとしたものだったが、誰かが激しくデマゴーグする。ガリラヤのユダは銀貨30枚でキリストを売った。ピラトは「その男を十字架に掛けろ」と次第に膨れ上がって来る喧しい民衆の声にこそ危険を感じ始めたのです。
(webより)
「私が信頼し、私のパンを食べた親しい友までが、私に背いてかかとを上げた。」(詩篇41:9、マタイ26:48-49で成就した。)「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたの一人で、わたしと一緒に食事をしている者がわたしを裏切ります。」 (マルコ14:18)「人の子を裏切るような人間はわざわいです。そういう人は生まれなかったほうがよかったのです。」(マルコ14:21)ユダは裏切りを否定する(マタイ26:25)。ユダがパン切れを受け取ると、サタンが彼の中に入った。そこでイエスは、「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と彼に言われた。
ユダはなぜキリストを裏切ったのか。ユダは困難な民衆の一人のリアリストとして、キリストにローマ帝国に対抗する政治的権威者、いわゆる革命者を期待した。ところがキリストは弱者や社会的脱落者ばかりを相手にしてゐる。ユダはキリストにメシアであると確信は持てず、ラビ(教導師)と呼ぶ。キリストは時の帝国に対する革命者としてではなく、全人類の悲願としての存在へと自分を位置づけた。「私の時が近づいた」とイエスは云ふ。十字架による死を選ぶことで人類における精神界のコペルニクス的転回を図ったのである。一方ユダは「裏切り」に於いて打ち震えてゐる。直線的経験しかできない人間に対して、時間の創造者としての神は時間の外にゐる。ユダは自分が神の采配の一齣に過ぎず、そして壮大な物語はその子々孫々まで永遠に連なる「裏切り」と云ふスティグマ(=烙印)によって完成されるであろうと云ふことを予感したからである。
■土地を有せないデラシネ(=根無し草)としてのユダヤ人に、ゲットー(ghetto)は、ヨーロッパ諸都市内でユダヤ人が強制的に住まわされた居住地区である。
「あなたは神ですか」と審問官は尋ねた。するとイエスは、
「それはあなたが云ったことだ」と答えた。
ゴルゴタの丘で盗賊のバラバは同じ十字架の上から、
「お前が神なら、自分を救ってみろ」と罵った。
キリストは、
「エリエリレマサバクタタニ」と神に憐みを請う。
すでに自身の復活を信じていたのか。
ともあれ十字架上で罪(原罪)と死は打ち負かされました。
血「贖罪」による新しい契約は世界へ、新約聖書へと受け継がれます。
ユダヤ戦争(ローマとユダヤ人の間で行われた戦争)で、70年にエルサレムは陥落し、ユダヤ人たちが逃げ込んだマサダの砦も、73年に陥落(集団自決)、以後ユダヤ人たちの世界への漂流、いわゆる“ディアスポラ=集団離散”が始まった。ローマ帝国はユダヤ人に対して厳しい弾圧で臨み、ユダヤ人の自称である「イスラエル」という名や、ユダヤ属州という地名も廃され、かつて古代イスラエル人の敵であったペリシテ人に由来するパレスチナという地名があえて復活されたのだった。
シオニズム運動は1900前後あたりから世界的関心事になってゐた。ロシアなどに於けるユダヤ人虐待"ポグロム"などに対して人道的意味合いもあったに違いないが、ロスチャイルドをはじめ世界のユダヤマネー資本は米国や英国の政権内に確かな影響力を持つようになっていた。
第1次大戦中東に於いて───
"3枚舌外交"が見聞されるところである。
1915,10/24「フサイン・マクマホン協定」対独戦線への支持をユダヤ人社会から取り付けるための戦術的手段としてエジプト駐在イギリス高等弁務官マクマホンが、メッカのシャリーフであるフサインとの5回にわたる往復書簡のなかで、オスマントルコの解体とアラブ人国家の独立を支持する。
1916,5/16歴史の裂け目「サイクス・ピコ秘密協定」西洋対イスラム対立の元凶に。
旧オスマン分割(英=イラク/仏=シリア/露=カフカース)密約である。
1917,11/2「バルフォア宣言」
「国王陛下の政府はユダヤ人のための民族的郷土(ナショナル・ホーム)をパレスチナに樹立することを支持する」。時の外相バルフォアからユダヤ人富豪ロスチャイルド卿に文書が認められた。中東での帝国植民地主義を有利に進めるためである。
はて、ローマ帝国が名付けて復活させた「パレスチナ」が先にあるようだ。シオニズムによりユダヤ人は後から入植して来た。パレスチナと云ふ地が先に在り、イスラエル人は後から侵食したのである。首都でない地位がまだ明確でない東エルサレム(パレスチナ自治政府がある)にもう20数万人もイスラエル人が入植してゐると云ふことである。イスラエル政府が云ふ「エルサレムは3000年も前から首都だった」とはどう考えても公平な謂いではないのではないか。"ナショナル・ホーム"がいつの間にか国家として存分になってゐる。
わたしたちは私たちの我が国の歴史に対してもさうだが、事実に対していつも明確な態度をとり続けなければならない。曾て、そして今でもさうだが"契約"を基礎に置く、キリスト・ユダヤの欧米資本主義が文明の形として帝国植民地主義をあらわにした。資本主義は国家とあやしく結びついた時にさらに自己震動するのだ。第1次大戦では一般大衆も含めて何千万と云ふ人間たちが死に追い立てられた。
黒いキッパを被ったトランプさん
サタンが彼に忍び入ったのかしら
今では異端の人になり嘆きの壁に世界の拍動を聞く
メルカドにX'masの歌が聞こえる
カートを押す人たちはみな影絵のやうに店内に流れ
老夫婦はシクラメンの花を篭に入れる
みんな善きものになろうと決意するのです
太腿の間の手は温かですよ
薔薇の花は赤い
滅びたとしてもそれはきっと愛ですね
倉石智證
ところでユダヤ教の聖典「タルムード」は強烈な選民思想に貫かれてゐる。
タルムードには「ゴイム」という単語が多用され、これの意味するところは「家畜」及び「異教徒」である。ユダヤ教では「家畜」と「異教徒」が同じ扱いになる。
たとえば、ゴイムに金を貸す時は必ず高利を以てすべし。
たとえば、他民族の有する所有物はすべてユダヤ民族に属すべきものである。ゆえになんらの遠慮なくこれをユダヤ民族の手に収むること差し支えなし。




