おばあちゃんには隠居部屋て云ふものがあって
あったかい
そこから時々手を出してやって来る孫子まごこになにかをくれる
おばあちゃんの隠居部屋には何年も前から
おばあちゃんは貼り紙をぺたぺたして
色とりどりの千代紙やら
忘れないためのメモやら
新聞や雑誌の切り抜きやら
あれやこれやと壁ぢゅうに
そして裸電球がぽつんとしてゐる
小さな窓が一カ所だけあって
池が窓の下にあって
時々鯉が水面に寄って来る
さざ波が立つ時もあれば
まるで鏡のやうに水面が静まり返っているときもあって
池の向かうに季節や時間が過ぎ去って行く
お蚕の蛹のやうにぬくぬくと
話しかけない限りお話はないから
ゐるかゐないかのごとくに静かなものだった
死ぬ前日に鯉こくを食べて
「あー、うまかった」と云ったさうな
壁が盛り上がるほどの貼り紙ぢゅうのお部屋はどうなったんだらう
昔は隠居部屋といふのが母屋の端のほうにあって
おばあちゃんは孫子が来ると
そこからそっと手を出して何かをくれる
まるで魔法使いのおばあちゃんだ
さう云へば不思議なことに
おばあちゃんが亡くなる頃に
まこちゃんは夢を見て
夢の中の天井から
雲のやうにふわふわして
その中からおばあちゃの手がするすると伸びて来て
「まこちゃんこっちへおいで」と
まこちゃんの手を掴んだ
冷たくて骨ばってゐていつもとまるで違う
まこちゃんはイヤダと云って手を離した
小さいまこちゃんが目を覚ましたころ
どうやらおばあちゃんは死んだらしいな
倉石智證
