■1931小茂田青樹「虫魚画巻」

 

そーか、お前は蜘蛛か

そこにゐるのか

そーか、おれは人間か

ここにゐるのか

そーか、おまへはひもじいか

痩せているな

じっと待ってゐるのか

そーか、おれは人間らしい

ここにゐる

おまへのすぐ隣だ

 

蜘蛛の糸、だなんて心細いね

一日中待ってゐる

へとへとになって

そーか、俺も待ってゐる

餌が来るといいね

雨や風じゃあなくて

蝶々はデカ過ぎるから

多分もうすこし小さな虫だ

あゝ、その加減がむつかしい

ぼくも時間を待ってゐる

今から出掛けるのか

これから届くのかを待ってゐる

 

蜘蛛が落とした獲物に蚊が飛んで来て盛んに針を刺してゐる

蜘蛛が出掛けて行ったとき

カンダタは蜘蛛の糸に掴まって地の底ゐからようやく上り始めた

お釈迦様はそれをよしとしてにこにこ笑っていらっしゃる

それなのにぼくときたら急に鼻痒くなって

いきなり大きなくしゃみをしてしまった

虫ごと蚊はどこかへ飛んで行ってしまった

カンダタは蜘蛛の糸ごと雫となって

地の底ゐへと落ちてゆく……

 

倉石智證