■勇敢なクルド人兵士。

■17,7/4朝日新聞

ヌーリ・モスクの敷地には、「人間の盾」にされた住民が次々避難してきた

=2日午後、杉本康弘撮影

 

世田谷自然食品

まあ、自然におゝらかに

神よりも世俗主義

膝なら痛くないよ

弾は三発ツまで

貫通する

透明に突っ立つ

また雨が降る

乾く

また雨が降る

炎天下にすぐにボロボロになる

 

泣くなよ

自然食品

もっとつらい連中があそこでは

もう銃を持って突っ込んでゆく

ペシュメルガ───

死の縁をのぞく人達

運命に翻弄される台地

引っ搔き傷

時間の中に疼いて来る

いつかは気軽にね

乾杯できたらいいね

世田谷自然食品

 

倉石智證

1916,5/16「サイクスピコ」英仏などによるオスマントルコの分割を約す秘密協定。

映画『アラビアのロレンス』では「老人たちが出て来て・・・」と云ふ表現が使われてゐる。今に至るいつでものことだが、エスタブリッシュメントな人たちのことだ。背景にはユダヤ人勢力「ロスチャイルド家」の翳が見える。石油利権のことである。

1920「セーブル条約」オスマン帝国解体を決めた英仏列強は、トルコから中央アジアに至るトルコ語系地域を分断し、対ソ連の緩衝地帯を築く目的でクルド自治領を認めた。

1923「ローザンヌ条約」しかし、新生トルコ(ケマル・アタチュルク)がギリシャとの戦争に勝利したのを見ると、あっさりと前言を撤回、ほぼ現在の国境線が確定した。

1978~1989(ソ連介入)アフガン戦争。米国によるゲリラ側支援。米ソの代理戦争になる。米国によるタリバーンが育つ。

1980~1988イラン・イラク戦争

米国はホルムズ海峡の確保を優先する。

1985夏「コントラ事件」(レーガン政府)イスラエルを通じてイランに兵器を輸出。イランへの兵器売却で得たマネーをニカラグアの反政府ゲリラ・コントラ流した。「西半球を共産主義から救うため」と云ふことだったが。

1988,3/6「ハラブジャ事件」化学兵器によるクルド人の大量虐殺はイラク・フセインによるものとされるがアメリカは黙認した。

2001,9/11アメリカNY貿易センタービルに航空機が突入、爆発炎上。

2001,10/7米国アフガン・タリバン空爆開始

2003,3/20イラク戦争。"大量破壊兵器"は見つからなかった

湾岸戦争やイラク戦争では米軍は劣化ウラン弾を使用。市民には放射線被害が生じ、今も苦しんでゐると云ふ。天然ウランを濃縮する際に生じる劣化ウランを廃物利用した砲弾。

 

単一言語の世界最大のさまよえる3000万人と云ふクルド人は未だに国家を持たない。

イランはアラウィー派(シーア派ひとつ)のアサドを支援してゐる。

ロシアはアサドを支援しつつクルドを"カード"として使おうと思ってゐる。

米国は対ISの地上戦力としてクルドを支援、協力をしてはいるが・・・

トルコの強権エルドアンはクルドの独立を絶対に許さない。

サウジはスンニー派でイランと敵対してゐる。

イスラエルはイランとは敵対関係。ユダヤ人勢力は米国議会に深く入り込んでゐる。

イラク政府は現在はシーア派。モスル奪還においてもクルドとは協力関係。

"ペシュメルガ"「死に立ち向かう者」「死の縁をのぞく者」ー───。

国家独立の彼岸に向けて、自由を獲得するために、女性兵士たちも銃を手にして立ち向かってゐる。むろん歴史を翻弄して来たのは資本主義を根っこにした、ユダヤ主義的キリスト教主義者たちだ。紀元70年ころからのユダヤ人の"ディアスポラ"、それから十字軍以来のイスラム、キリスト教とのせめぎ合いの中で、国家と、権力と、歴史を未だに弄んでゐる人たちがいる。

 

河野外務大臣は喜々として中東へ向かうと云ふことだが・・・・・・。

 

倉石智證