■祖室の摩崖仏

 

美しい村の台地とでも云ふべきか。下界から浮かび来て、すべてに謎床のごとくである。別な時間が流れているのだ。蓮の台(うてな)のごとく村落は山に向かってたなごころしてゐる。なだらかに道がうねるようにその村の中を通ってゆく。

 

さて───

太腕や野に咲く花となりにけり

/太腕や姉御と云ふもおみなへし

/荒壁に夏の終わりの時雨かな

/信級にカンパニーてふ粋なこと:賢治驚く料理店かな

/あれさまあ炭に紅葉の盆木かな

/瓜坊に一足早いジビエとや

/軽トラに瓜坊二匹造作なく

/振る舞うやみな人でなく鬼でなく

/廻廊を山に抜ければ祭り笛(昭和20年代、30年代までは賑やかに)

/信級に手作りの猪口まず一つ

/秋の水リストランテの下流れ

/早採れの茸は村の自慢かな

/長者原まだ山の上雲隠す

/薄焼きを蕎麦にて試す山の家

/赤紙のこんな村にもメレヨンの魂慰める摩崖仏かな

/蝉しぐれ祖室の仏を押し包み

/山の上台地は月をたなごころ

/稲の穂の花過ぎるころ人に会う

/玉ねぎの掻き揚げをして身土不二

/さみしさは二言目には犬の声

/炭焼きの烟も湿気て人気なく

/この道をアビーロードと青春譜

/まだ花を選ばぬ先に酔芙蓉

/高千穂や千五百ちいほ稲穂にアキアカネ

/傍に来て気さくに話す秋の水

/秋の水一期で廻る世間かな

 

倉石智證