あんなにも入道雲が立つから

蝉は眸を失ってしまったのだ

鳴き声もなく

軒にぶつかり窓枠にぶつかり柱にぶつかりして

家に飛び込んで来た

その内に少しは鳴くのだらうか

干からびて忘れられてしまう前にとか

 

入道雲が立った

いつの間にか田圃の道に蜻蛉が湧いて飛び立った

青い草いきれに足を踏み入れると

次々と飛蝗バッタが草の上を滑空してゆく

葉の葉脈がわたしのことを傷つける前に

わたしに少しの理性くらいは残ってゐるだらうか

入道雲が真っ白にもくもくと立って

どうしてかこんなにわたしの不安が分からない

あの入道雲の中では一体何が行われてゐるのだらう

どんな審判が下され

来る人と去る人がゐて来歴のことだが

 

少年と少女は魚捕りに来て

狭い田圃の川でザリガニを見つけた

男の子は自慢げにザリガニの背をつかんで見せる

急に青空が広がり白い雲が光った

おとーさんもおかーさんもあっちの方だよ

聞いてみたら宿題はもうだいたい済ませた

と云ふことだった

 

あんなにも入道雲が立つから───

わたしはいそいで部屋に戻り

畳の上にひっくり返ってゐる蝉を見る

蝉の眸の中に小さく雲が映ってゐた

子供たちが立ち去ると

昆虫や魚たちの無数の墓標があちこちに

立ち並び始める

 

倉石智證

「やがて死ぬけしきは見えず蝉の声」芭蕉(1690年)