■支持政党が無い───民主主義の行き詰まり。
「では投票すればおのずと『総意』は生まれるのか」
民進党さんはすでに自民党などの術中にはまり込んでゐる。憲法問題で対案を出せないやうなら、国民からの支持が一層失われるだろうことを見越してのマキャベリズムである。
投票でしか社会は変えられないのだから───、と云ふところが現代の社会の民主主義が抱えてゐるつらいところだ。隔靴掻痒たるところがいわゆる「森友問題」など諸所の問題まで引き起こしている。民意が直接的にお上に届かないところが社会に必要以上のストレスをため込ませているのだ。
ついに大上段に振りかぶった「改憲」自民党安倍首相。もはやこはいものなしのいきおいである。その目的とするところはやはり憲法九条、「この時代にそぐわない最たるもの」とまで云ってのける。日本をして非常にチンケナ問題に貶めてゐる。憲法は70年にわたって国民の総意として選挙、国会等を通じて存置し続けて来た。その継続してゐる存在価値を無視した全くの松の廊下としか云はざるを得ない。内閣は何をその時代に発議して、遅滞なく国会に訴え続けることが肝要であるか、その役割を放置し続けているといふことだ。
ぼくは前から国家として望むらくは、少なくとも理性としての国家の在り様として、どこかで人類普遍の歴史への責任として、世界史への関りも必要不可欠な行政府の態様ではないかと考えてゐる。たとへばお隣の中国は、海と陸との"新シルクロード構想"一帯一路───つまり具体的には「AIIB構想」の事であるが、世界の反応はすさまじく諸国はさっそく雪崩を打って参加申し込みを争い、すでに参加国はADB上回り70カ国を超える勢いである。内閣も含めて国会議員は、内政の少子高齢化労働人口減少など喫緊の問題は取り上げざること必要最小限の事ではあるが、それでも気宇壮大たること、世界史的なことに戦略出来ないことは、国民の一人としてさみしさを感じざるを得ない。中国はもうすでに世界の「世界史」に足を踏み出してゐるのだ。中華12億人からドイツ、デュッセルドルフまで西へ9000㌔。その求めているところは夢と実際的な世界の需要創造の事である。単に現在日本の株価が上がってゐる、と云ふそんな単純な話ではないのである。
世界の先進国於ける長期低体温経済の在り様は、AIの進行、格差社会の深行とともに、グローバル経済とは何かと、それら先進国特有の分断と共に世界の進行方向に暗い翳を投げかけている。しかし、あからさまに共産主義一党独裁の政体の云々はともかく、いまだに6%を超える成長率を実際する中国が世界の経済をけん引しているのは事実だ。そんな中で日本は、現在の安倍政権は中国にむき出しの安全保障的態度をとり続けてゐる。まるで自分たちのお得意さんでもあり、ひよっとすると国民の暮らしにまで恩恵の多々を被っているかもしれない一衣帯水の隣国に対してである。いやなことはイヤダ、ダメなことはダメだと米国抜きで云ひ続けなければならない事であるが、さまでなくて、改憲「憲法九条」で何が必要不可欠に生まれるのであらうか。世界史に対してどんなインパクトがあるのだらうか。
そもそも時のそれぞれの時代の憲法には様々なその時代の権力者の要請による秩序体形がもちろんのこと構成要素として備わるわけであるが、「憲法十七条」は世界標準を日本に押しなべて"仏法僧"としたことか。大宝律令などは地べたと身分社会の律と税を軸とした中央集権社会をおよそ目指したことによるものだらう。荘園社会が崩れ、武家社会が生まれ発展し、身分は士農工商へと秩序化された。"田わけ"と云はれるほどに実際の経済社会の在り様が身分社会を、たとへばん"世襲"長子男系社会として構成されて行ったのだと思われる。江戸時代の「武家諸法度」「禁中並公家諸法度」「宗門人別帳」「参勤交代」「鎖国」などは、しかし"元和偃武げんなえんぶ"などもあって、それからの約300年近くにもわたる"パクス徳川ーナ"に繋がった。因みに藤原家が清和天皇の時から外戚となる頃からも約300年ほどの平和が続きこちらはまさに平安時代と呼ぶにふさわしい。どちらの時代も日本特有の文化の爛熟を見たのだ。
いずれの時代でもしかし憲法とは庶民の暮らしを基礎としているのであって、庶民の暮らしが安定してゐなければ税収がままならず、国家運営が不可能になるからである。また自由は人類普遍の課題として世界史に延々とその記録を刻み付けてきたわけであるが、自由を担保するのは平和であって、その国家の平和と独立を維持するのはあからさまに軍隊と云っているのが安倍首相である。しかし、"鼓腹撃壌"と云ふほどの極端な平和思想もある。権力者が頭上を流れ去って行っても、恰もそれは空気のごとくでさへあれば、どんな国家でも構わないとするほどのことだ。国家はこれも祖国と云ふ意味であるが、言語と文化さへ存続できれば国家は生き延びることが出来ると云ふ。歴史の賢明さにおいては大方支配者と云ふものはその被支配国に対して、日本の出雲の時の"国譲り神話"の時でさへ、その神々を大事に扱ったものだ。そしてグローバルと云ふ課題は今さら始まったことでもなく、375年かの「ゲルマン民族大移動」よりもさらにずっと前の何万年前からの「アウトオブアフリカ」と云ふこともある。それらはそし歴史において常にいいか悪いかのルペン・トランプ的問題ではなく、事実に過ぎないことであることを我々は認識しなければならない。いずれにしても国家と云ふのは諸悪の根源ではないか思へるほどに国連国家主義によって現在の国際社会は混迷を極めてゐる。国連が存在するからこそ、その「五大国の拒否権」によって、多くの国際社会の悲惨な物事が前へと進まないでゐる。その中心に存在するのが米国であり、その米国に追従するかのごときが今の安倍政権と云ふことになる。平和と軍事を神話的論争にしてはならない。現に日本国憲法よりも沖縄では、地位協定の方が上位に置かれているのは事実なのであるから。
中曽根元首相が懇切丁寧に明治帝国憲法と、昭和憲法の役割についてお話になったように思ふ。戦争をよく生き残った保守の御大の所以かそれはそれて納得できるところが大である。しかし、ぼくが付け加えたいのは、「憲法十七条」も含めて世界の憲法の構成要素の根底にあるのは、時の権力者の存在はさておいて置いても、その必要不可欠は"生産性"を目的とするところにあると思ふ。ベクトルを一方向に、秩序を明確にするのはその時々の生産性を上げるためのものであろう。生産性は直にその時々の税収に結びつくからである。さて、明治維新においては世界の標準は「万国公法」に他ならなく、維新の草莽そうもうや下級藩士たちが目指したのは分かりやすく「殖産興業」であり「富国強兵」、国政においては「万機公論に決すへし」であった。しかしながら明治の元勲たちが一番に忸怩としたところはもちろんのこと先の万国公法もあって「関税自主権」や「領事裁判権」などの不平等条約にまつわる、つまり自国日本の独立性の問題であった。
1889明治帝国憲法は立憲主義に基づく。いわゆる天皇は君臨すれども統治せず、国体を主宰するけれど統治は憲法によって規定された。藩閥政治に掣肘せいちゅうをかけそして天皇主権を制限すると同時に国家臣民の権利を保障したのである。ベクトル自体は教育勅語が後押しし、万世一系の天壌無窮てんじょうむきゅうが我が国の国体とはなったが、士農工商は解体され、次男以下にも人格が認められ、職業選択の自由や、移動の自由も確保された。今までは土地に縛られ、家や家格、家督に縛られてゐたものが、みんなが天皇の"赤子せきし"と云ふことで平等になり、自由に解き放たれたのである。一方で徴兵制と納税義務は国民であることを重くいやでも意識せざるを得ないところになり、しかし国家が保障するところの平等や福祉の前に、国家神道と云ふ国民精神形成の指針もあって、日本人の意識はいわば世界に追い付け追い越せとばかりにその意識国民感情はますます強固に統一されて行ったのである。
自由や個人の人格の保障などは諭吉の「脱亜入欧」などと相俟って、列島のいたるところに国民生活と産業にイノベーションの渦を巻き起こした。生産性が一挙に爆発してゆくのである。まさしく司馬遼太郎が云ふ「坂の上の雲」の面々たちが青雲の志を抱いて坂を駆け上って行く。「国民精神形成」の所業と「万機公論に決すへし」がうまく合致し、国の内燃機関がフルに回転し始めたのである。しかし、好事魔多しである。1905日本は日露戦争に勝利して、その勝利は薄氷の勝利にもかかわらず、小村寿太郎の講和条約に於いて賠償額の多寡を巡って日比谷焼き討ち事件などが猖獗し、偏狭な庶民のナショナリズムに火が付いた。民意とは何か。民意の総和とは何か。脱亜入欧は青臭い夜郎自大な日本を生み出し、それはアジア諸国を下に見下す植民地経営へと落ちてゆくのである。なるほど「脱亜入欧」とは今に置き換えれば我自身を見失いあたら「米国追従」をもっぱらにする安倍政権に似てゐなくもない。
