人間はすぐ忘れるものだからとあれほど申し上げてゐる。
国柄を云ふなら俳句や歌の句碑もそれとなくプロムナードして欲しい。
広場をこそ屋台や路上芸術家の熱気の場所にして欲しい。
オリンピック国立競技場が隈研吾さんの設計で決まった。
「海ゆかば」が聞こえる。
「生等もとより生還を期せず」───
大勢の学徒兵がここから戦場へと送り出されて行った。
1943,10/21冷たい雨の中をゲートルを脚に巻いた若い学徒が鉄砲を担いで行進して行く。
東条英機の甲高い檄を飛ばす演説、
行進のおしまいの方は女学生たちの甲高い悲鳴のやうな声が混じる。
やがて、競技場を圧するやうな「海ゆかば」の合唱に変わる。
人間はすぐに忘れるものだから、したがってモニュメントと共に、
ミュージアムを「平和歴史戦争博物館」として国立競技場に組み込んで欲しい。
ひとつ、説き起こすならば彼の“プロメテウス”からである。
人類は火を得て、一方は活計を整え、祈りの元ともなり、団らんを提供した。
しかし、また一方では明らかに文明の展開を促し、その延長には恐るべき戦争を用意した。
展示するものは洋の東西を問わず、
人類はなぜ戦争を必要とまでしたのかを説明しなければならない。
山川出版程度の日本史と、世界史を横断する。
CGやデジタルや、ジオラマもふんだんに利用する。
東京大空襲も勿論だが、改めて沖縄からヒロシマ、ナガサキ、シベリア抑留までを網羅する。
と同時に、時に「南京虐殺」の展示も中国当局から借り出して特別展示したりもする。
慰安婦問題も史実と事実を突き合わせて展示する。
要は常設展は狩猟採取、古事記・日本書紀から昨今のテロの実態まで、
それに絡まるように、時々は世界中から「戦争史実」を借りて来て特別展示する。
ナチスのホロコースト、アフガンの石仏爆破・・・などなどである。
修学旅行生も見学に来れるようにする。
一般客は国内を問わず、外国の人たちも普通に訪れることが出来るようにする。
つまり、毎日がミュージアムの競技場にするのである。
オリンピックが終わって、時々の競技ばかりでは収益が心もとないのは明らかだ。
国立「平和歴史戦争博物館」は観光にも資するし、
収益と、雇用も生み出すことは間違いない。
そして、ぜひ欲しいのはモニュメントである。
度重なる東京大空襲と云ふ未曾有の都市の破壊があったにもかかわらず、
それがこの東京のどこからも消えてゐるのは不思議だ。
世界のたいていの都市には普通にあるものだ。
沖縄、ヒロシマ、ナガサキ、シベリア抑留につながるものを、
「学徒出陣」を兼ねてモニュメントしたい。
むろんそれは“平和の誓い”そのものになることはもちろんだ。

ヴィーゲラン(1869~1943)は「学徒出陣」の年に亡くなった。
「モノリッテン」オスロの小高い丘の上、フログネル公園の中央に屹立する巨大彫刻。
円すい状の石柱に121体もの人間の裸像が重なり合い、ひしめきあって天に昇る。
この塔モノリッテンは、彫刻家ヴィーゲランが構想を練ってから
実に44年の歳月をかけて造られた。
市民に支えられ、第2次大戦中も守り抜かれたノルウェーの国民的モニュメントである。
一番下層は人間が人間と争う弱肉強食の世界。
真中あたりから力のあるものが弱者を助け上げて肩の上にする。
一番上は、赤ん坊が笑っている、と云う風ださうである。
どなたか実現させてくれないか。
これがわたしの夢の第一夜である。


