ジェヴォンズのパラドクスのおそろしいのは、

その需要と供給の両サイドにおける逓減ののことである。

それこそが近代の病になる。

「電球の詩」と云ふものがある。

長い丘や山を越えて

突然私の目の前を明るくする

なんと私の眼にやさしいLEDの光よ

いきなり水の中から立ち上がり

あるいは原子と電子の間からわたしに現れ

私の手元を明るくする

それがまったくほぼただ同然なんだとか

まるで申し訳なく思ふ

 

便益と効用の傍ら、すべての値段がそのやうに下がって行ったら、

あげく人々の暮らしはどのやうになるのだらう。

ますます便利になるにしたがって、財やサービスの値段は下がってゆく。

貧困の闇はそのやうにたしかに取り払われれたやうに思へたのだが、

バブルのユーフォリアのやうな欲望は次々と押し潰されていき。

人々に欲望はなくただ、抜け殻の在るに過ぎなくなっていったのだ。

 

2013米ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授が

長期停滞(Secular Stagnation)説を発表した。

 

しかし、わたしの見立てでは、

米国が泥沼のベトナム戦争に侵攻していたころ、

そのころベトナム戦争もあって米国は双子の赤字に悩まされるやうになっていて、

一方、世界の貿易は日本やドイツなどがけん引し始め、

貿易額等の資金移動の総額が世界に増えるにしたがってドルの兌換性に疑義を抱く国も現れた。

イギリスなどはあからさまに金で返してねとせびり始め、

1969IMFはSDRを創設することになった。

この年は、彼の英国銀行を打ち負かした男と後年異名を取る、

ジョージ・ソロス氏が仲間と「クォンタム・ファンド」と云うファンド会社を設立した年でもある。

そしてわが日本はまだまだ驚異の二ケタ成長の高度経済成長の真っ盛りで、

前年にGDPで世界第2位になってゐたが、

すぐ先にニクソンショックが待ち構えていようなどとは露知らぬことではあった。

 

要素均等化、と云ふ時流がある。

日本の1㌦ブラウスと云ふものが米国を席巻し、

1969には「繊維で沖縄を買った」なんて後ほど酷評されることにもなる、

日米繊維交渉が始まっていた。

マネーのことで云えば、

日本にはまだ実需において二ケタの利回りが存在していた、ということである。

一方米国はと云へば基軸通貨に甘えるばかりで、

自国の産業の生産性は落ち込む一途であった。

膨大な消費財の世界のお買い物上手の国ではあったが、

第1次石油ショックのころからすぐに日米自動車摩擦も始まる。

 

1969のクォンタム・ファンドは一つの兆候である。

米国は輸出ではもう稼げない。

実需では高い利回りを稼ぎ出せなくなっていたわけである。

さらに、基軸とは何か。

世界のマネーも米国に集まって来ることを意味する。

米国は世界から借りて、“ターンテーブル”、米国から

さらに世界に向かってマネーを投資し始めた。

借りるよりもさらに高いリターン“利回り”を求めて。

 

SDRとはなにか。

そもそもIMFの設立は、世界の金融危機に対しての流動性の供給を目的に作られたわけだ。

SDRはそれを持っている国は万が一の自国の外準などの危機に際し、

SDRによって通貨交換権、つまりドルを含めての流動性の補完を保証された。

 

実需の危機を補完するSDR創設があって、

一方同時に実需の低利回りに飽き足らなくなったある頭脳集団が、

実需へではなく、マネーに働いてもらう、マネー資産を転がすことで、

実需以上の利回りを稼ぎ出す算術を考え出したのである。

 

1971,8/15ニクソンショック。

基軸通貨ドルは“金の拘束衣”を脱ぎ捨てた。

人類が誕生して以来の地べたへの信仰でもあった、

そのケミカルな地べたからの掣肘を解き放った。

もうマネーは好き放題の自由になったのである。

「われわれはみなケイジアンである」

とニクソンは誇らしげに云っていたものだが、

世界的潮流として「需要管理」のケインズ主義から、

世界の国の政府も、ハイエクやフリードマンなどの、

傾向としての市場主義マネー資本主義へ傾斜を強めていった。

 

労働は本能であり、本質である。

しかし、額に汗して働くという利回りから、

ピケティーではないが、

マネー資本収益率の方が、GDP成長率を上回る傾向がますます強くなっていったのである。

金融機関などを含めて金利の自由化が進められ、

米国ではMMFを始め、様々なデリバティブ金融商品が開発されて行った。

 

ちなみにかのcalPERSでは───

1971年に10億㌦に過ぎなかった

→07年26兆円とも驚異の利回り曲線を。

カリフォルニア州の職員年金基金calPERSは

71年次には基金が=10億㌦にすぎなかった。

やがてエネルギーショックがあり、変動為替相場の時代になった。

米国ではインフレとスタグフレーションが始る。

calPERSはカリフォルニア州で株式の投資規制緩和を勝ち取る。

自由に株式などに年金を運用することが可能になった。

やがて10億㌦の資産が→1000億㌦の資産に増大することになる。

ハイリスク・ハイリターンの道を選んだのだった。

カリフォルニア州職員退職年金基金

(The California Public Employees' Retirement System)

■公的年金の中では世界最大で、総資産は円換算で=26兆円(2007年現在)とも言われている。(09,12/20NHK)

■経営学者のピーター・ドラッカーは1976年、著書「見えざる革命」で、

産業の老化を避けるため年金が一定額をベンチャー投資に振り向けるべきだとした。

米欧年金は忠実にこれを実行するが、日本はほとんど無策である。

ベンチャーキャピタルは干上がり、新産業育成のパイプは途切れている。

(藤田和明・日経編集委員)

 

早々と退職して、年金で老後生活を謳歌する人たちも増えた。

カーター大統領の頃の“スタッグフレーション”と“ビナインネグレクト”。

レーガン政権時の双子の赤字と、ポール・ボルカーFRB議長のインフレファイター。

冷戦が終わり、世界のグローバル化が始まると、

世界における要素均等化はますます顕著になり、

ICTの進展はプロセスイノベーションを盛んにし、

米国でなくても世界はスマイルカーブに表わされる如く、

膨大な中間層はますますルーティンな低位層に追いやられ、

一握りのリーダーたちに奉仕する、膨大な裾野を形成するに至ってゐる。

■極端を云へば、日本は半導体と云ふコメを輸出して、

製品としてのそれよりも高い値段のお餅、ないしは饅頭を買っているやうなものである。

どんなにえばってみてもマーケットとしての製品の方が儲かるに決まってゐる。
上流を握るか、商品化して下流を占有するか、

ルーティンの中流は中落ちするだけになる。

経済学ではそのことも含めて“要素均等化”と云ふ。

そこを占める人たちの賃金は外部の安い賃金と同化してゆくことになる。

鴻海とシャープの問題もそこのところに集約してゐる。

 

雇用は次第に弾力性を失った。

雇用の量ではなく、質の劣化がますます低生産性を加速させている。


■(13,3,9日経)改善、ムラ残す回復6合目、失業率など不安。

バランスシート調整が長引いた。歳出削減の行方カギ

■成長の原動力は・・・とある。

リーマン・ショックが2008,9/15。