尻を据えるのと尻が座るのとは違う

きみが尻の座ってゐるのはよくわかる

まるで大仏のやうだ

大きな尻がありがたい

どんなにか好ましく思ひ

どんなにか心強く思へたか

日々感謝の念で堪えないのだ

嬶さまのおっきい尻のお蔭で日々をやり過ごすことができた

安心して任せきれる

そんなお尻だ

 

尻競べ、前ほどでなく、後ろかな

 

島尻、あれはよくない

尻を据ゑられたら困る

歯舞はぼまい、もありて国後くなしり

尻に火が点く

尻に火が点いて欲しいものだ

それを長ッ尻

どう云ふわけかバスのシートに座った

どう云ふわけか飛行機のシートに座った

どう云ふわけか、なのだ

あゝ、それはとても残念なことだ

 

ついつい他愛もない話を

つい面白いものだと思って

もっと先は、もそっとちょっと先は

などと話し込んでいる中に

尻へに、

良からぬ思いもかけない運命が待ち構えていた

尻を据えたばかりに

その夜宗助は、坂井の門を蒼い顔をして出て来た

 

───島尻、あれはよくない

 

倉石智證

宗助は夏目漱石『門』の主人公のことである。

宗助は、聞かないでいいことを、大家の坂井宅で

つい、尻を据えて長話をしてゐるうに、

とんでもない過去の古い傷がひょんと顔を出し、

なにやら近々その運命の人物(宗助が妻をめぐって裏切った友人)に

遭遇する羽目になった。

宗助、御米夫婦は東京の文京区辺りのがけ下の借家にひっそりと棲まひ、

夫婦は、お互いの心の中を思いやるやうに

世間から忘れられたように暮らして来たものを・・・・・

(1910,5/20『門』朝日新聞掲載)