暗がりに下りてゆく者を止めるなよ
だれ一人として───
七七のまへだからまだ墓はない
仏壇のまへに座ると死者が躁ぐ
死んだ昔の人を呼び出して来てはきっと
なっ、なっ、鉦、木魚を叩き
おまへ後先にと
なむあむだぶつ
髪がうすくなったなぁと
太腿は枯れ木のやうに
おまへだれだと半分あなたも向かうに
さうなると楽しさが溢れんばかりに
明日ゆくよ線香を持ってお花も
頬は百姓に赭く眼はまんまるくまるでおぼこのやうだ
執拗に訴える
まだ会ってないと
繰り言のやうにつぶやく
まだお別れを云ってないと
意識の混迷に下りて行って
それがまた浮かんでくるのを待つ
だから鉦を叩けよ、木魚も
だれ一人として
暗がりに下りてゆく者を止めるものはない
階下に聞く死者をとぶらふ長々しい声を
倉石智證
用もなく墓に出掛ける。
誰かの命日だと云われると、
突然仏壇の前に座り、誦名を唱え始める。
大方はもう、向かうの世界に馴染み始めてゐる、
と云ふことだらうか。