さう云へば、“回避”のことで忘れていたが、

国家と云ふのはおかしなものである。

自分で“危ない”を作っておいて、

さあ、危険が危ない、「抑止、抑止だ」と騒ぎ立てる。

周恩来さんも、鄧小平さんも、

「今はその時期ではない」

と、“であるかのやうに”振る舞い、そしてそっとして置いておいたものを、

まず、国家のやうな石原慎太郎が波風を東シナ海に立てた。

 

2012,4/16石原都知事が米国での講演で尖閣購入を表明。

■2012,9/11野田政権、尖閣諸島を国有化。



■12,11,21貿易赤字、10月最大5489億円。車の対中輸出8割減



■あちらのお国では当然激しいナショナリズムに火がついた。

この年のたった数カ月の間でも数千億円が吹っ飛び、

駐中国大使の丹羽宇一郎さんの車もとうせんぼされた。



■2010,9,7“尖閣”

沖縄県の尖閣諸島沖で海上保安庁の巡視船に中国漁船が衝突する事件が発生した。

同庁は船長を公務執行妨害の容疑で逮捕。

尖閣諸島を「自国の領土」と主張する中国は強く反発し、

レアアース(希土類)の対日輸出を事実上、制限するなどの事態に発展した。

24日に那覇地検が船長を処分保留で釈放すると決めたことで対立は収束に向かった。

 

中国も2001,12にWTOに加盟。

そののちは眼をみはるばかりの急成長を遂げた。

2010年のこの年に、日本のGDPは中国に追い抜かれた。

それだけお国が豊かになったと云ふことだ。

豊かになれば、食卓を潤おしたくなるのは自然の流れである。

資源については1960年代の終わりころから国連の調査で台湾、中国の知る所にはなっていた。

しかし、この年の前あたりからのトラブルはたいてい漁業漁場に関するものだった。

1965「日韓漁業協定」のこともある。

この事件以前に手を打てなかったのは、政府の怠慢としか云いやうがない。

“グローバル・コモンズ=入会地”。

領土ではなく、たまたま日本の施政権下にある───。

それこそが第2次大戦のいわゆる戦後秩序」"北緯29度以南=尖閣も含まれる"であり、

当時の米国主導で決まったことではあるが、とりあえず戦勝当該国でもあった中国も、

このことには納得せざるを得ないはずだ。

尖閣には日本、台湾、中国の旗を立てる。

軍事ではなく、警察権の下で、決められたルールの下で、

漁場、漁業、資源、航行の自由が管理される。

漁民は国境などにあらためて関心はない。

大事なのは漁場と暮らしであり、

それを一部ナショナルな人たちは政治的な問題にややこしくする。

 

膨大な時間と、エネルギーと、マネーと、人々の運命が弄ばれ、ロスされた。

或る一部の国家に関わる人間たちは、そのことをいまだに恬として恥じ入る気配もない。

 

ここからは2020,1/8に加筆となる。

地球儀俯瞰外交(笑)が無に瀕してゐる。

要は哲学なき外交であり、歴史に深く根底を求めてないことの政治の貧困さから

これらはもたらされていることなんだらう。

縄文人、弥生人、ヤマトの頃からのお付き合いだ。

桓武天皇の頃にはたしかにあちらの高貴な方の血筋も入ってきたことの話も聞く。

雨森芳洲は「誠心」の外交を説いた。

傲慢、尊大、無能、怠慢が理性の判断を曇らせる。

一衣帯水の隣人であると云ふことは、

相争い戦争をするために隣人が存在するわけでなく、

もはや仲良くするためにこそ隣人は存在してゐるにちがいない。

それを今般のアンケートでは「親しみを感じない71.5%───

いわゆる“嫌韓”が71.5%と、とても厭な数値が示された。

政治が発し、メディア・マスコミがよってたかってあおった所為である。

政治が思考停止になると、一般大衆も輪をかけて思考停止になる。

庶民は1965,6/22「日韓基本条約」の事細かを、

ましてや1909の安重根の事件や、1910の日韓併合から、創氏改名、

1936ベルリンオリンピックでアジア地域出身で初めてマラソンで金メダルを獲得した

孫 基禎ソン・ギジョン選手の物語などまで網羅できていないと云ふことかもしれない。

 

安倍政権は国民感情をなし崩しにしてしまった。

日韓の問題は歴史認識の問題であり、

それは「心」の問題であり、

政府間の債権・債務の戦後処理の合意だけの問題ではない。

人権の問題はたえず個人の尊厳の問題であり、

国家と云うものが存続する限りに於いて

個人はいつでも置き去りにされて来た歴史が永遠と続いて来た事実がある。

韓国政府は国際条約である「日韓基本条約」を遵守し敬へ。

そして日本は個人の尊厳を人権として敬い、改めて丁寧に目前にて謝罪しなさい。

日韓併合が無かりせば、南北北朝鮮問題も別な歴史的展開があったわけだ。

どの国においても敏感な核心と云ふものが存在していて、

例えば日本ではそれはいわゆる万世一系の天皇制の存在かも知れない。

富士山が無かったら日本の歴史が変わっていたやうに、

朝鮮半島において「日韓併合」が無かったら、

と朝鮮の方たちが考えるのは至極当たり前のことではある。

紀元前から朝鮮半島は匈奴は然り、

ありとあらゆる中華民族から侵略され続けて来た。

朝鮮民族にとっては従ってもっとも敏感な「核心」とは歴史認識のことなのである。

日本の政治指導者たちは必ずその隣国の歴史認識のことは忘れてはならないはずだ。

たった一握りの内閣の判断で、

庶民の暮らしはいたるところでひどいことになってゐる。

それはお隣の韓国においても同じである。

 

倉石智證