そして、じ様はけふ、
わたしの名前を忘れた。
「だれ?」
と聞いても首をかしげるばかり。
畑に出て、除草機をぶんぶん回す
八ヶ岳の方まで透き通って見える
妻がポットにコーヒーを淹れて持って来た
畑の端の枯れ草に腰を下ろしていただく
「10年後はここはどうなっているんでしょうね」
妻は私を残して先に帰った
コノヤロウ、コノヤロウ
わたしはこの季節にまだ生え残ってゐる雑草を叩く
それから軽トラに除草機を乗せてから畑に入り
畑の中に葡萄の大樹を両手で圧した
両腕にもう少しで一抱えもありそうな大樹
どうしても聞きたかった
お前さんは元気だ
そしてわたしは納得がいかない
じ様は不意とわたしの名前を忘れた
食卓でソバとラーメンの区別もつかなくなった
褥瘡も気にならないらしかった
よいしょ、よいしょ
そのほかのことは───
シジュウカラが来て真っ赤なナンテンの実の傍に留まった
じい様はほんたうに知らないうちに離陸し始めたのだらうか
倉石智證


