解せない。
腑に落ちない。
12/8になったと云ふのになぜか日本国中が静かだ。
あまりの静かさに、
ほとんど当事者であったことすら忘れてしまいさうだ。
12/8は云ふまでもなく日米開戦の日である。
■ルーズベルト大統領は「屈辱の日」と呼んだ
■ハワイ真珠湾で日本軍の攻撃を受けて炎上する米艦艇=AP

■1941,12,10「米英撃滅国民大会」を報じる記事(同11日付、中外商業新報夕刊)
日本経済新聞の前身・中外商業新報の1941年12月9日付夕刊)
■1941,12,9夕刊各紙「米英膺懲世紀の決戦」などと大見出しで繊維を鼓舞した
■12,10在京の新聞・通信8社が後楽園球場で「米英撃滅国民大会」を開催した。
(1941年12月24日付『写真週報』200号)=アジア歴史資料センター提供
「率直にいって、この戦(いくさ)は半年ないし一年で片をつけるべきものであって、
それ以上続けていくことは、わが国をして非常に苦しい立場に立たしめることになるであろう。
みなは、そのつもりで緒戦の勝ちに驕ることなく、
沈着冷静に任務に邁進するようにしてもらいたい」
「苦悩の英雄」山本五十六
(1941年12月17日付『写真週報』199号)=アジア歴史資料センター提供
翻って現在の「日経」と「朝日新聞」
2015,12/8──────
解せない、
腑に落ちない。
一体全体日本国中、どうしちまったのだ。
これではまるで、「12/8」が何事もなかったかのやうではないか。
取返しが付かない歴史の日があったのだ。
それこそ1億の日本人と、その数倍の地球の人たちの運命が、
まるで途方もない方向へと滑り出した日だった。
ぼくたちはほんたうに上滑りに滑って、
ほんたうにまたどこかへ行こうとしているのだらうか。
共通言語が「儲け話」や「経済」ばかりであっていいはずがない。
茨城のり子ではないが、
「自分の感受性くらい、自分で何とかしろよ」とでも云いたくなる。
変な国になったものだ。
倉石智證









