ぼくはまたとぼとぼと歩いてゐる

彼女は水を洗ってゐる

1946年生まれのころ

それは、当り前のことだった

きみはまだそこにゐるのか

ぼくらはだから今

みんな光りを帯びた真実だ

一人ひとりをみんな、そこから呼び返す

だれかがしかし、かうしてゆっくりと欠けてゆくものだとしても

あらゆる事実は失われたりしない


彼女は水を洗ってゐる

あゝ、なんと云ふなめらかさで

彼女の手指を水流が流れ落ちてゆくのだらう

見たり聞いたりしたことが耳元を流れ去ってゆく

多くの取り返しのつかないことがあそこに

車のテールランプの向うに

とうとうと流れる川となって闇に消えてゆく

唐楓の季節になった

無数に散らばり落ちた星の形の葉を踏んで

星々の中を

友達を送って

さあ、ぼくもけふは帰ろう


倉石智證