■「8人の兄弟が自爆ベルトと銃でフランス首都の標的を正確に攻撃した」(IS名義で14日)

■13日夜、銃撃が起きたパリのレストランでけが人を救護する救急隊員=ロイター

フランス=1945以来最大のテロ事件に。

平気で武器を露出させている国→日本の近未来か。

(サイクス・ピコ)あすこに、あそこにも不自然な国境線を引いたのはフランスとイギリスだ。

(バルフォア宣言)イスラエル国の建国を約束した。

1922トルコ帝国が崩壊(→バルカン半島地域も含めて中東地域の地政学的不安定を)。

1918ハプスブルク家終焉(→西欧はタガが外れる→ヒットラーの台頭へと)

それよりもずーと前の「十字軍」は

1096~1291の間イスラム国との間で戦われた。

それよりずーと前の

375フン族→ゴート人の玉つきの移動

つまり、ゲルマン民族の大移動は西ローマ帝国滅亡のきっかけを作り、

西欧がゲルマン的価値を基本に成立する過程を作りだした。

 

日本はユーラシアの東に、大陸とは一衣帯水の海に浮かぶ。

モンスーンの影響の下、その基本は“八百万の神さま”、

一神教とは異なり、ダイバーシティー、多様性を、

つまり、「いかようにも」ないしは「であるかのやうに」振舞える、

いや、ながいことそのやうに躾けられて来た民族なのである。

一方、明治維新のころから諭吉をはじめ、中村正直「西国立志編」など、

あらゆる西洋的言語、西洋的価値の体系の膨大な翻訳文化をものした。

しかし、重要なのは

905の古今和歌集の時の漢字文化に“訓読”のウルトラ日本人的知恵とか、

そもそも日本民族の中に万葉集から培われてきたところの

言語に対する繊細なリテラシーが感受性としてあったからではないか。

 

よせよせ、西洋に深入りするなんて。

あそこで発祥して、根深く争われ続けていることは、

とても日本人の感覚では及びもつかない別な論理で戦われ続けているわけだから、

平和はむろん大事なことだが、

足下を賄い、国を豊かにして、他国からの輸入を根本として、

まだ、貧困等から抜け出せないでゐる国を、

おごった云い方が許されるならば、(モノを買う)豊かにして差し上げる、

につきるのではないだらうか。

(西洋的論理=平和は「在る」ではなく戦って勝ち取る)

「普通の国家」になる積極的平和の根本には

武器輸出三原則→防衛装備移転云々がある。

フランスも巨大武器輸出国である。

銃の所有の自由な国アメリカもさうだが、

この自由に対する西欧的概念は、著しい二律背反に陥ってゐる。

さうこうしてゐるうちに、日本も気が付けば

このやうに武器がもろに携行される風景となるのだらうか。

恐ろしいことである。