■安倍晋三15,6,28「正論」2010,4月号


日本は"抑止論"のことをよくよく考えて見なければならない。

同盟ないしは武器を積み上げることが抑止になる、と云ふ。

しかし、沖縄の人たちに云わせれば、

米軍基地があればこそ余計に危ない、て云ふ。

国家なんて云ふのは共同幻想で、

安保同盟なんて云うのも、確かにある時期から共同幻想そのものになった。

毎年毎年、確実に天変地異の災害は頻発するけれど、

その間、日本国においては鉄砲すら他所の国で一発と云へども撃ったことはない。


国家と云ふものを再定義する必要がある。

暮らしのためには政府は必要だが、

今期の国連、ユネスコも含めて、

国家、て云ふ概念が連なる物事の根源には、もはや御しきれない何か宿痾のやうなものを感じる。

これくらい民主主義を唱えながら非民主主義的な存在もあるまい。

そもそもそして、国家自体が、中国(共産党独裁)などに比べて、

こんなに非効率で生産性もなく、公平であるかもしれないが、

決して、公正であり得たこともない存在もない。


抑止論に戻れば、

15,10,2“武器は抑止にはならない”

米大で銃乱射 9人死亡 オレゴン州 クリス・マーサー容疑者(26)射殺

■AP通信は、容疑者が銃を乱射する前に犠牲者の宗教を尋ねたと報じた。

前日にネットに犯行を予告する書き込みを残していたとの情報もある :日本経済新聞

───銃の所有が、全体の安全保障に逆行してゐる例そのものだ。


国家の存在に信を置いてないもう一つの例が、

国家における「道徳論」である。

国家戦略として推進すべきだ」───

経団連は

9,10日、武器など防衛装備品の輸出を

「国家戦略として推進すべきだ」とする提言を公表した。

10月に発足する防衛装備庁に対し、戦闘機などの生産拡大に向けた協力を求めている。

包丁、鋏などを売りさばくのとは違う。

子どもでもわかることだ。

ISに関して云へば、鉄砲は撃てば弾は消耗する。

だれかが与えない限りは鉄砲も弾薬もあり得ないわけだ。

それを「防衛装備移転」などと体よくつくろって、

一体純真無垢な(?)子どもたちにどう説明するのだらう。

まさか、武器開発、売買がいいことだ、なんて云へるわけもなし。


国連のベクトルが一致しない限り、

国境を越えて、武器弾薬がスルーする。

あれだけ難民の方たちがスルー出来るのだから、

同様なルートでマネーも弾薬もスルー出来るわけだ。

国連なんか諸悪の根源には違いない。

国家なんか止めちまえ、と云いたくなる。


民族的尊厳、名誉、悠久の大義・・・メンツ

宗教的存在、

集団的利害、

イデオロギー(は冷戦後は衰退)


人々が、世界のどの国、地域においても、

人々が求めてゐるのはささやかなその日の暮らし、

家族、同胞の平安な暮らしである。

物事の"決め"が逆なのである。

自民など保守の人たちは「日米安保」「自衛軍」があったから、

て云ふ。

僕に云わせればそんなことは一度としてなかったのだ。

そんなことどもではなく、すべては極東に於いて戦後、

米国は地政学における、米国の"国益"のために云々して来ただけであって、

世界の歴史的普遍、理想・理念のために物事を展開してきたためしとてなかった。

しょっちゅう物議をかもし、

しかし、米国の共同幻想───

民主主義、資本主義的自由経済、人権思想(これは大いに疑問だが)、

のお蔭によって、米国の国益遂行、前方展開によって、

戦後の日本は平和に専念でき、よって、

高度経済成長に没入することが可能になった。


「ポツダム」も「憲法9条・象徴天皇」も「東京裁判」も

「サンフランシスコ講和会議も」「日米安保片務条約」も、

すべて過ぎてしまへば結果論である。

戦は勝たなければ何にもならない。

国家が国家として"オキュパイド"から脱して国際社会に復帰するためには、

つまり、それらのもろもろの手続きが必要不可欠だった、と云うことに過ぎない。

革命でも、戦争でも、クーデターでもそうだが、

何かで振り上げられた拳は、何処かに打突して収まらざるを得ないのだ。



補完───

1953「経団連試案」"再軍備構想"


■巨大資本と国家権力が連結するとどうなるか。

つまり、帝国主義的植民地国家の現出である。

欧州国家に於けるアフリカ分割は1900前にすべて終了した。

"サイクス・ピコ1916年"そして"バルフォア宣言"。

英仏における2枚舌外交は今に至る中東の世界史に悲劇的結末を残している。

米国がハワイを越えてフィリピンまで触手を伸ばしたのも1900直前のことであった。


吉田茂は

「当分はアメリカにやらせて置け。憲法で軍備を訓じているのは誠に天与の幸で、

アメリカから文句が出れば憲法がちゃんとした理由になる」

それどころか、吉田茂の寸法では、

日米安保は当初は片務条約とと云ふまことに不平等な条約だったが、

必ず米国の方から日本への駐留をお願いすることになると算段していたのだが、

いつの間にか、どこかで日本が米国に駐留をお願いする、

という逆のコースになってしまったのだった。