愛ぢゃなくて無数の恋に出遇ったのだよ

愚かもののやうに熱に浮かされて

恋の周りをわたしはぐるぐる回る

ひとつは唐楓の落ち葉のように星形に舗石を濡らし

ひとつはまるで明るくぷかぷかと雲に浮かび

ひとつは文字通りお茶の水橋の下を流れて去った

 

何も知らないままに

ディグダグデイグダグ

靴底が片ちんばに減るままに

伊勢丹の前で明け方

伊勢丹の裏で日暮れ時に

愛に焦がれて

犬のやうに歩き回る

昔まだ角筈だったころ

メーテルリンクの物語のやう幻に

人々は音もなく永遠に辻角を歩み去ってゆく

1957南桂子「羊飼いの少女」

 

「ヒトリダマリノミチナガイ、

フタリハナシノミチミジカイ」

安野さんのやうにこんな美しいポエムが得られるならばと

しかし、その安野さんさへも

愛については未だ語るべき言葉が見つからないと

恋から愛へ

愛からはそれからずっと

長い年月を経て諦めが塵のやうに積もると

わたしなどもやっと愛情らしきものにたどり着く

 

ただいまと云ふと

変わらぬ妻がそこにゐる

 

倉石智證

(安野光雅・画家11,2/20「私の履歴書」)

戦後すぐのころ、

わたしは徳山市(現・山口県周南市)のあるバス停でバスを待っていた。

そのころのバスは決まって満員で、乗れる保証はなかった。

そこへ朝鮮人の老女がやってきた。

「バスキタカ」と言う。

わたしは聞き覚えの朝鮮語で「モルラヨ」と言った。

知らないという意味である。

老女は目を輝かせて「ニガチョソンサラミヤ」と言った。

おまえは朝鮮人だったのかという意味である。

彼女は

「ヒトリダマリノミチナガイ、フタリハナシノミチミジカイ」

と言った。

それまでこのように美しい言葉を聞いたことがないし、

これからも聞かないであろう。

 

ミラボー橋の下をセーヌ川が流れ

われらの恋が流れる

わたしは思い出す

悩みのあとには楽しみが来ると.

(アポリネール)