■1945ジョー・オダネル「焼き場に立つ少年」長崎原爆資料館蔵。


墓持たぬ子はそれを知らない

墓石を持たぬ子はましてやそれを知らない

陽の暑い盛り

蟻んこがじりじりと墓石を登ってゆく

墓持たぬ子はそれを知らない

八月の井戸の水を知らない

墓石の上から滾滾こんこんとかける

滴る水が蟻んこを流す


墓石を持たぬ子はそれを知らない

畑の百日草をむしるやうに採って来て

はさみで切り揃へる

水瓶の、墓石の上の空はけふも青く晴れて

死者は線香の煙を食べて目を覚ます

生者の間に死者を置く

生者の間に死者が満たされて

すぐにやがて間もなく墓に入るであらう老婆は熱心だ


墓持たぬ子の前で蹲り黒い影の塊になる

突然八月十五日になる

殉難者の石塔が五つも並び佇つ

墓持たぬ子はそれを知らない

ましてや墓石を持たぬ子はいまだにそれを知らない

死者たちは、死を知らない

それほどあっけらかんと、

八月は。


倉石智證


“背筋が凍るような光景でした”

米従軍カメラマンのジョー・オダネル氏はこの写真に次のようなコメントを残されています。

佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺めていました。

10歳くらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。

おんぶひもをたすきにかけて、幼子を背中にしょっています。

少年の様子はあきらかに違っていました。

重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという、強い意志が感じられました。

足は裸足です。

少年は焼き場のふちまでくると、硬い表情で、目を凝らして立ち尽くしています。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。

白いマスクをした男たちがおもむろに近づき、

ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。

私は、背中の幼子が、すでに死んでいることに気づきました。


男たちは幼子の手と足を持つと、

ゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。

それからまばゆいほどの炎がさっと舞い上がりました。

真っ赤な夕日のような炎は、

直立不動の少年のまだあどけない頬を赤く照らしました。

その時です。炎を食い入るように見つめる少年の唇に、

血がにじんでいるのに気づきました。

少年があまりにきつく噛みしめているため、

唇の血は流れることなく、ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。

夕日のような炎が静まると、少年はくるりときびすを返し、

沈黙のまま焼き場を去っていきました。

背筋が凍るような光景でした。

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