ここに4っつの断章がある
それぞれ記憶であり
叙述であり.
物語であり
存在である
1939廣幡憲「39×QE」
“オブセッション”=こだわり
ぼくは新聞を取りに行く
朝の6時半はすべての人に降りてくるものであり
脳下垂体の上あたりであったり
水道の蛇口から出る水であったり
炊飯器の電子音だったり
する
起きている人ももいれば
当然まだ
深い眠りの中にまどろむ人も
ゐる
ゴミ出しはしなければならないことで
太陽の陽に当たることは自己責任だ
当座は今村さんは新聞紙上の左端に腰かけ
足をぶらぶらさせ
東西さんは新聞紙の中ほどで左右に向き合い
南さんは一番下で今、物語を始めたばかりだ
北さんといへば今どこ等辺りにゐるのか分からない
確かにどの記事もみな真実で
事実であったり
また深く心の奥深いところで考えさせられたり
実験であったり
この世の外のありそうもない内側の話であったりする
あゝ、ぼくは確かにまだ眠い
みな欠伸をかみ殺して
それでも、事実は事実だ
けふの紙面で4つの断章がそれぞれ上下左右し
履歴であり、記憶であり
科学であり、詩のことであったり
怖い話であったり
するのだ
「何人なんぴとの財布の裡うちにか、罪悪を潜めざるものある。
財の布は罪の府なり」
たとへば箴言があって
しばらくして新聞の1面には違憲論が踊った
過去と現在が8荷¼
多寡だか紙面の8枚の裏表に過ぎなくて
交錯して
しかし、みな本当の現在の記事のことだった
倉石智證
「何人なんぴとの財布の裡にか、罪悪を潜めざるものある。
財の布は罪の府なり」
金まみれの腐臭。
毒舌で鳴らす明治の文士斎藤緑雨の言。
まったく折からに河井夫妻議員が逮捕された。
カネ塗れの選挙である。
