ハモニカを吹く義父がゐて

ハモニカを聴く義母がゐて

ハーモニカは鳩にして

「ぽっぽっぽっ」


義父はベッドにいて

義父は車椅子にゐて

やっとハーモニカを吹きならす

惜しい欲しいと云って

痩せ細った手に冷たくハーモニカを握り

故郷を遠く離れた武漢と戦友を偲び

忘れるともなく静かにハーモニカを鳴らす


それは食事の前であり

ほとんど眠りの中であり

とほくとほくへと誘ふ

末期の、あの戦の

「ここは、お国の何百里」


忘れ得ぬものが次々とおぼろげに立ち上がり来てきっと

義父は細い細い指でやっと

それを妻に聞かせやうと

かうして夕べの宴が近づくと

まるで心細げに嬉しさうに

けふもハーモニカを吹く


倉石智證