■1568ころピーテル・ブリューゲル「農民の婚宴」
ブリューゲルは貴族や裕福な市民の肖像画制作には関心がなく、
農民をその芸術の主人公とした。
この画面にも人間味あふれる農民の“顔づくし”を多く発見できる。
海渡る地をしのびゆくリヴァイアサン
新自由主義錬金術の(倉石)
リーマンショックの元はと云へば、その根っこに、
小さな政府を志向する新自由主義があった。
市場競争は怠け者を淘汰し、格差は努力のインセンティブになる。
資本主義の理念を世界に広めた新自由主義は、
ある意味でグローバル経済を支配する米国生まれの「リヴァイアサン」でもあった。
(文鳥「大機小機」10,5/11日経)
ホッブズは人間の自然状態を
万人の万人に対する闘争(the war of all against all)であるとし、
この混乱状況を避けるためには、
「人間が天賦の権利として持ちうる自然権を政府(この場合は残部議会であり、
この政府を指して『リヴァイアサン』と言っている。
「暗黒の王国」の暗黒の支配者というイメージも。
■人間の自己保存が最重要の価値と見なされる自然権であり、
この自然権を追求することは自由でなければならない。
しかし自由に自然権を行使すれば人々は常に攻撃される危険に晒されるわけである。
"Leviathan=主権
社会契約論へ
最弱が最強に取って代わる事もある。
勝者が決まらず恒久的に闘争が続く。
その点ではみな平等であるが、人々は永久に
「孤独、貧困、不快、殺伐そして短命」という人生を送る事になるとホッブスは言っている。
この恒久的な闘争を収拾するためには
人間相互の契約により国家が成立する事が必要であるが、
人間の欲望は無限大に膨張するため、
社会を成り立たせている契約を破る者が必然的に現れ、
その事によって社会が維持出来なくなり再び人間は自然状態に逆戻りしてしまう、
それを防ぐためには国家が絶大な「力」を持つしかないという結論を出した。
そして彼は必要悪である国家権力をリヴァイアサンにたとえた。
「物体の自然状態は運動していることであり、静止していることではない」
1636ホップスは、そんなガリレオに会う。
ホッブスは特に、ガリレオが力学の視点を逆転させたことに魅了された。
ビュリダンとは逆に、ガリレオは物体の自然状態は運動していることであり、
静止していることではないと主張していた。
物体は、止められない限りずっと動き続ける、と彼は論じた。
1636 年にガリレオに会った後、
ホッブスはこの考えを総合的な社会哲学にあてはめようとした。
彼はそれを3つの部分に分けて構想することにした。
1 つ目は「物体論」であり、彼はこれを動きの原則と関連づけようと思った。
2 つ目は「人間論」で、人はどうして(感覚や欲望や食欲などに刺激を受けて)
動いている物体として見なされるのか、
また人間は外部の運動にどう影響されるのかを示そうとした。
3 つ目は「市民論」で、こうしたダイナミックな人間の相互作用が、
物体の政治力学に与える結果を提示しようと思った。
→マルクスは社会構造としての唯物史観へと発展させる。
最初の国家論とはたった二人の
おそらくあなたと私の均衡状態からはじまるだろう。
効用(見返り)であったり幸福度であったりするだらう。
主観的私とは何ぞや、そして集団的われわれとは何ぞやが
国家の淵源にあるようだ。
主観の安定や安寧を保護、保証してくれるのならば、
我々は国家の存在を権利として認めるのだ。
キリスト教的ロゴスの曖昧さ、言い回しの抽象性の中から、
権利や、義務や、利子や、私有財産の観念が生まれて来たような気がする。
イギリスにおける世界史的な転換点は
1588エリザベス女王に於ける大英帝国艦隊がスペイン艦隊を打ち破ったことに始まる。
そしてこの頃かのシェークスピアが登場するのである。
劇中では王様も召使いも誰もがすばらしい言葉を話す。
観客は彼が発見した新しい言葉遊びを聴きたがった。
芝居が常に愛されたから、言葉が残った。
シェークスピアは言葉を発明した人だった。
歴史、嫉妬、愛、死、神、戦争について───
シェイクスピアはどこかの時点で世界のすべてを書いてやろうと決意したと思う。
スワン座を観たオランダ人の1596年のスケッチ
グローブ座1613「ヘンリー8世」
ロンドンのテムズ川南岸に建つ、グローブ座。
シェイクスピアの所属した劇団の本拠地で、その戯曲が上演され、
シェイクスピア自身も役者として舞台に立った。
グローブ座は、はじめ
1598年に建てられたが、
1613年に「ヘンリー八世」上演の際、
効果音のために使った大砲の火の粉が燃え移って焼失してしまった。
翌年再建されるも、
1642年の清教徒革命で閉鎖され、
1644年には取り壊されてしまう。
その後、王政復古で演劇は再開したが、グローブ座の再建までには
約350年の歳月が流れた。
■当時ロンドンにはグローブ座だけではなく、多くの劇場があった。
そのうちのひとつ、スワン座を観たオランダ人の
1596年のスケッチが、当時の劇場の内部を知る、唯一ともいえる手がかりだという。
(有吉玉青・作家)日経)
同じ言葉でもこの頃の日本では───
隆達節。
此春は、花にまさりし君待ちて、青柳の糸、みだれ候そろ
嫋嫋として繊細である。
隆達小歌は、堺の薬種商の高三(たかさぶ)隆達が唄い流行した歌謡。
近世歌謡の一。
堺の日蓮僧高三(たかさぶ)隆達(1527-1611)の創始。
文禄・慶長(1592-1615)頃上方で流行。
扇拍子や一節切(ひとよぎり)に合わせて歌ったもので、
室町小歌から近世小唄への転機をなした。
■Iran, safavid ceramic dish, 17 th century.
(Safavid Empireサファーヴィ朝 1502 - 1736)
速度の経済へと───
通貨
「地理的偏在」
「時間的偏在」
人類は硬貨を発明し、紀元前600年ごろになると鋳造し始める。
これが資源の地理的偏在を解消する「交換」に道を開き、
さらに資源の時間的偏在を解消する「貸借」に結びついたのである。
貨幣が生まれて以来、ビジネスは綿々と営まれてきた。
金貨をテコに欧州一円に商圏を広げたローマ帝国、
中世にイスラム圏とヨーロッパ圏の間を取り持って栄華を極めたベネチア共和国、
アジア圏との貿易によって16~18世紀に巨万の富を蓄積したネーデルランド連邦共和国。
これらの国々をみると分かるように、
商人たちはいつの時代もたくましく、企業家精神に満ちあふれていた。
(三品和広11,6/9日経)
1602年3月20日(東インド会社)にオランダで設立され、
世界初の株式会社といわれる。
会社といっても商業活動のみでなく、
条約の締結権・軍隊の交戦権・植民地経営権など
喜望峰以東における諸種の特権を与えられ、
アジアでの交易や植民に従事し、一大海上帝国を築いた。
資本と経営の分離、有限責任の始まりとなる。
1609年にはアムステルダム為替銀行が設立され、
外国為替の決済に必要な高品質の貿易用貨幣を供給。
中世の金融業の中心はイタリア・フィレンツェのメディチ銀行や
ベネチアのリアルト銀行などだったが、
17世紀以後はスペイン領ネーデルランド連邦(現在のオランダ)の諸州、
とりわけアムステルダムが国際的な金融センターの地位を占めるようになった。
1609年にはアムステルダム為替銀行が設立され、
外国為替の決済に必要な高品質の貿易用貨幣を供給した。
また、この銀行の機能を通して、
アムステルダムが国際的な金取引や欧州の多角的決済の中心地となった。
■そのアムステルダム取引所は1602年にスタート。
同年に設立された東インド会社の株式の取引をはじめ、
貿易手形、債券、先物取引、信用取引、空売りなどの取引手法が開発された。
さらに1719年には、英国をはじめとする諸外国の債券と株式が上場され、
価格情報が公開されていた。
(一橋大学教授 北村行伸10,10/6日経)
1610ガリレオ「星界の報告」出版“地動説”
ガリレオ・ガリレイの「星界の報告」は地動説を裏づけた。
星界の報告やガリレオの主張は受け入れられなかった。
ガリレオは次第にローマ法王庁と対立し、宗教裁判で有罪判決を受ける。
太陽を見過ぎたためか晩年、失明してしまう。
1610アンリ4世死亡。
フランスの宗教戦争を終結させた国王として、国内で最も親しまれている
アンリ4世の頭部のミイラが死後400年たってパリで発見され、市民を驚かせている。
鑑定のために結成された科学者のグループが本人のものと断定した。
1594アンリ4世暗殺未遂事件。左の上顎に斬り込まれたか。
(11,3/10日経)
1610長谷川等伯没
16世紀半ば以降、中世スペイン・イタリアでは土地バブルが幾度も幾度も起きている。
16世紀半ば以降のスペイン・イタリアでは、
国内の富裕層は、資本を危険な(野蛮な)海外企業に投資するよりも、
自国内の土地への投機を好み始めていたのだ。
同じ時期に、イギリス・オランダは海洋国家(海賊国家)として、
海へ海へと出かけてゆく。
新海洋国家:イギリスは、
1600年に東インド株式会社を設立する。
中世末期のスペイン・イタリアは、
イギリス・オランダが海外で収奪的な植民地政策を推し進めているのとは対照的に、
「内向き志向」になっていたのだ。(藤井まり子12,2/28「アゴラ」)
中世(土地=荘園)→近代へ(海=交易)
■土地(地租、人頭税、炉床税(世帯ごと))
→海・市場圏の拡大・分業(物品税、通行税、関税)
■君主国家の役割(戦争、外交、公的祝典行事、鋳造)=「税収」
▲王様は奢侈で戦争が好きで浪費家。傭兵の普及と大砲という高価大型兵器
→戦費は途方もなく膨らんだ。
(猪木武徳・青山学院大学特任教授12,4/2日経)
■リスク・不確実性をとった国が豊かになった。
それを担保したのが議会である。
TPPの問題もそうだが、
A・スミスの云ふやうにすべからく交易を盛んにすることは、
お互いの国内において分業を活発化させ、生産性を上げることになり、
そればかりかイノベーションも引き起こすことにもつながる。



