「生等(せいら)もとより生還を期せず」

と答辞が読み上げられ、

スタンドの女子学生から「海ゆかば」の大合唱が巻き起こって神宮の森に響いた。

学徒出陣しのつく雨、銃を肩に行進する若者、学帽に学生服、ゲートル。

東条英機首相がカン高い声で檄(げき)をとばす。

1943,10/21のことである。

■(13,11,8日経)新国立競技場の建築費、1800億円軸に検討。

文科省など圧縮策 初計画の29万平方メートルから22万平方メートルに削減。

開閉式屋根や8万人収容は維持する。

“檄を飛ばす”

「御国の若人たる諸君が勇躍学窓より征途につき、

祖先の威風を昂揚し、仇なす敵を撃滅して、

皇運を扶翼し奉るの日は こんにち来たのであります。」



“檄を飛ばす”

(15,3,23日経)

「不戦の誓いを現実のものとするため決然と行動しなければならない」と強調

「グレーゾーンから集団的自衛権に関するものまで

切れ目のない対応を可能とする法整備を進める」

■防衛大学校の卒業式で訓示する安倍首相(22日)


(15,3,8)日経

「領土・領空・領海守る」

都内で開いた自民党大会で

「積極的平和主義の旗を掲げ、日本の領土、領空、領海は断固として守り抜く」

と表明した。

その上で「グレーゾーンから集団的自衛権の容認まで、

切れ目のない対応を可能にする安全保障法制の整備を進めていく」と述べ、

今国会で関連法案の成立を目指す意向を改めて示した  :日本経済新聞


国防軍をつくって、交戦規定を設けたい───

自衛隊改め、「国防軍」に。

(池上彰13,10/14日経)

私は昨年末の衆院選の開票特別番組で、首相就任前の安倍総裁に質問しました。

国防軍をつくって、交戦規定を設けたいということは、

首相になった場合、国防軍に死者が出るような命令をすることもある

という認識を持っているということでよいのでしょうか」

すると安倍総裁は

「自衛隊員は自衛隊に入る時に、

国家のため、国民のために尽くしますという誓約書を書くことになっているわけだから、

当然、誇りを持って命令に従ってくれるでしょう」という言い方をしました。

つまり安倍さんは本気だということです。

国防軍ができて交戦規定ができれば、戦

闘行為に際して隊員が死ぬかもしれないけれども、

戦えという命令をする場合があると、

私は解釈しました。


僕は、情けないと思います。

僕は、つまらないと思います。

少しも、時代の用にかなっていない。

先行きに対して整理整頓されていない。

要は哲学がないのです。


神宮外苑国立競技場で「学徒出陣」の壮行会が行われた。

そして、日本人はすぐ忘れるのです。

そぼ降る雨も、ゲートルも、三八式歩兵銃も、

韻陰たる合唱「海ゆかば」も───


それを壊そうとしているのです。

かすかな痕跡さへも、全部かなたへ、

そして、全く日本人の心象にあらざる、

まったく巨大なそぐわない異物を後世に遺そうとしている。

「忘れてならないのは、忘れてはならない」

ぼくは絵画館の前に立つとき、

いつもここが“アーリントン”のやうになればいいな、と思います。

ケリー国務長官も、へーゲル国防長官も、

ヤスクニではなく、千鳥ヶ淵に詣でた。


1943ヴィーゲラン「モノリッテン」

オスロの小高い丘の上、フログネル公園の中央に屹立する巨大彫刻。

円すい状の石柱に121体もの人間の裸像が重なり合い、ひしめきあって天に昇る。

この塔モノリッテンは、彫刻家ヴィーゲランが構想を練ってから

実に44年の歳月をかけて造られた。

市民に支えられ、第2次大戦中も守り抜かれたノルウェーの国民的モニュメント


絵画館をセットバックして、巨大なそして穏やかな、モニュメントを作る。

一目でそこが戦争を刻印する場所であり、平和を祈り

平和であることすら感じられないくらい、いつもは市民たちの憩いの場でありながら、

国賓の方が見えたら、儀仗兵が並び、赤い絨毯の上から敬礼する。

どの国の元首でも、かってヤスクニでは実現できなかったことだ。

過去を整理し、その上で日本人のこれからの進むべき道筋を明らかにする。

オリンピックは最高に、日本人が外国人に対して、

まぎれもなく平和を愛する国民国家であることをパフォーマンスする、

絶好のチャンスになる。


ドイツはナチズムに対して徹底的に自己批判をした。

それは手を下してもいないのに自己批判しなければならない、

現在世代と将来世代を含めるものである。

身内と世界にそのように自国の態度、ゆく方向を明確にしたうえで、

僕に云わせれば、それができたからこそ、

今般財政は黒字予算を組むことが可能になり、

世界の盟主として米国などとも対等にお付き合いできる国になったのである。

メルケルさんは日本にやって来た。

有用な自己発信をしていない日本に魅力は感じない。

フクシマの3/11を前にして、

3/10に日本を発たれた。


いかに最近の安倍政権が心もとないかを云ふと───

リー・クァンユーさんが亡くなられて。

「よその国に必要とされる国になる」

それがかの国父の終生のテーマであった。



1965,8,9から猛然と国造りに励まれたのだ。

その根本理念は“吉田ドクトリン”であることは云ふまでもない。
経済の効率化のためには、ぶれない、余計なことはしない。


日本が“積極平和主義”を掲げながら

“4つのセット”

・秘密保護法

・防衛装備移転三原則

・集団的自衛権行使

・NSC(国家安全保障会議)

地球儀外交をしながら、民主主義、普遍的価値、市場主義を世界に訴えてゐる。

悲しいくらいに“内向き”な、世界に必要とされないパフォーマンスばかりなのだ。


■(13,2,9日経)集団的自衛権

首相、集団的自衛権行使へ検討指示。

有識者懇(座長・柳井俊二国際海洋法裁判所所長)を再開、中国念頭に日米同盟強化


なにしろこんなことをずーっと後生大事にやってゐる。


■(15,2,27日経)

「天皇を元首に」

憲法改正の発議要件を衆参両議員の3分の2から→過半数に緩和する

96条改正や前文改定、

天皇を「日本国の元首」と位置付ける規定の創設などを列挙した。


極論をいへば、世間、世界の視点に立てば、

リー・クァンユー流に云わせれば、世界にとってあまりにもどうでもいい、

安全保障一つとっても、日本ばかりの都合の為の物事なのだ。


(15,3,27日経)

高村自民副総裁

「国会を延長して、できるだけ早く通したい」

カーター米国防長官と会談

「歴史的な取り組みであり、高く評価している。しっかり進めてほしい」

日米同盟の堅固さを世界に訴える場にしなければならない。

米国もそれに協力する」 :日本経済新聞

■米国の国益であることだけははっきりしてゐる。


たとえば、中国───

①“一帯一路”海と陸のシルクロード構想

②AIIB創設と、アジアのインフラストラクション

③博鰲(ボーアオ)アジアフォーラム(経済フォーラム)眼に見えて

すべてが計算されつくしていて、魅力的で、

世界を引きこむには十分インパクトがある。

対米戦後秩序“ブレトンウッズ体制”に対する挑戦であり、

対TPPにしても、その破壊力は眼に見えたものである。

現代版“マーシャルプラン”───

かって米国が戦後自国の経済を欧米に植え付けるために使った手である。


■(15,1,25日経)

(AIIB→約4兆㌦もの外準)

400億ドルの基金を創設し、道路や港湾、電力、パイプラインなど

インフラ整備に投じる2つの「シルクロード経済圏」もその一例だ。

中国から中央アジアを経て欧州に至る陸路と、

海路でASEANを経由して中東までを結ぶ構想を描いている。


カネならあるよって、

かくして中国詣では引きも切らず、

AIIBには各国は雪崩を打つように参加を表明、

「必要とされる国になる」の通りに、

世界は今、中国と云う磁場にいやおうなく呑みこまれつつあると云うわけだ。


“積極的平和主義”はとかくカネがかかる。

あっちの国こっちの国でお約束、“ばらまき”ばかりしているせいか、

あっという間に国の借金はまた増えてしまった。

■12,12/26安倍政権発足

(2年で41兆円余り増え)

※社会保障費は高齢化もあって毎年1兆円ずつ増えているとしても・・・

政権発足直後、安倍晋三首相は

12年度補正予算で10兆円超、13年度補正で5兆円超の対策をそれぞれ打った。
通常の企業で41兆円の投資なら、逆にそれなりの利回りが期待されるはずだ。

41兆円と云へば、ついこの間の民主党政権時代の1年間の税収に等しい

一体どんな権限でもってそんなにおカネをばらまいているのだらうか。


さて、ゴールデンウィークあたりに訪米し、

安倍首相は米国議会で演説する。

歴代内閣の時にはなかったものだと、自画自賛しているが、

1943~、日本がどのやうに蹂躙されていったかを書いてみようと思ふ。


1943,4/18山本五十六機、撃墜される。

1943,6/5日比谷公園で国葬。

成城高校――、教練と勤労動員はいよいよ激化、

陸軍兵舎に泊り込む野営演習も頻繁になる。

起床ラッパで跳ね起き、5分間で6枚の毛布をたたみ、着装武装して整列させられる。

1943年4月18日,米軍陸軍航空隊は,暗号解読により,戦闘機で待ち伏せ攻撃し,

山本五十六大将の搭乗機を撃墜,暗殺に成功する。

長官の訃報はおよそ1カ月間、5月21日まで国民に隠され、

6月5日、日比谷公園で国葬が行われた。

戦況は利あらず――、そぼ降る小雨の日、私は成城の旗手として国葬に参列した。

(河竹登志夫・演劇研究家10,5/9「私の履歴書」)