
■2014,4,12(土)松代大本営(後ろ姿は妻である)

国家と云ふものは共同幻想に過ぎない。
悪しき権力者たちは、それをあたかも“であるかのやうに”操作する。
戦々恐々とした幻影が、このやうな膨大な無駄を、悪疫を生み出す。
そして、現安倍政権が粛々と行っていることも、
大なり小なり、このやうな“共同幻想”作業と似通ってゐる。
戦後、日本国は他に対して、他国に対しまた他国に内に於いて、
ただの一人と雖も、殺害に及んだことは無いのである。
自ら褒めることではないのか。
明治維新すぐ後に、田口卯吉といふ本当に若い日本独自の経済学者がいた。
すでにマルクスの経済原論をまるっきり理解していたかのやうなごとくである。
経済に於いて生産の3要素はむろん───
・優良な資本
・優秀な労働力
・TFP(全要素生産性)
などである。
“分捕り経済”は1900年──欧州列強によるアフリカ分割をもってほぼ終了した。
中東の“不安な弧”はその後1940年代まで続くことになるが、
スエズを通過するときに瞬間に資本主義の優位性を理解した渋沢栄一のごとく、
また、1920年代に「大日本主義」ではなく「小日本主義」を唱えた石橋湛山のごとく、
株式主義、資本主義、交易貿易による、他国が他国を分業によってさらに浥す、
資本主義市場経済こそ、万人の万人によるる闘争から地域国家、人間を解放し、
ウィン・ウィン、雇用を満たす最終手段になるであろうことを、
おそらくは彼の人たちこそは希ったのだ。
1919ウィルソンの国際連盟主義は帝国植民地主義を否定、
それのに世界の潮流を理解せず、東郷平八郎はすでに“神”となって、
遅れて世界史に登場した日本は、あらぬ青年のごとくに、
アジアに進出していった。
前回も述べたやうに、
今般の安保法制の改正の主目的がまるっきり“対中国”であるならば、
・集団的自衛権の行使容認
・防衛装備3原則→とめどもない緩和
・国家安全保障会議(NSC)創設
・秘密保護法
などなどは、───
対米国に対する主従関係を明確にすることで
(インテリジェンスの共有化と、スピードアップ)
対中国に対する“即応”、のことは明らかである。
“無理、無駄、むら”
・軍事予算17兆円弱(日本=約4.9兆円)
・外準=400兆円超
・GDPは購買力水準で2014米国を追い抜いた。
戦は古今東西GDPでするものである。
1600年───日本国内のGDPの所在。
■織田信長、本能寺の変直前でその領域は600~800万石
■豊臣秀吉は天下を取って石高は2000万石以上に
■徳川家康は戦国大名として三・遠・駿・信・甲五カ国で150万石、
秀吉政権下で関東250万石。
■前田利家・利長、前田利家の領土は最終的に90万石程度、
関が原後に利長が120万石。
後に分家したため、加賀前田家は102万石。
■毛利元就・輝元、孫の輝元は、織田の羽柴秀吉と和睦し
五カ国に減少して120万石程度。
関が原で、防・長二カ国38万石に減少。
■関ヶ原の戦後処理により、
豊臣家の領地は摂津・河内・和泉の3カ国、65万石に減少。
徳川氏は各大名を臣従させていったが、豊臣氏は従わず、独立を維持しようとした。
このため、慶長19年(1614年)からの大坂の役において、家康により滅ぼされた。
※因みに豊臣秀吉は最初に“豊臣検地”によって
日本のGDPのありかを明確にした。
そして、改めて申し上げたいのだが、
戦は決まり切ったことではあるが国家のGDPでするものである。
リー・クァンユーさんが亡くなった。
“国父”と呼ばれる方がだんだんゐなくなる。
米国に過度に就くか、or中国に踏み絵するか、ではない。
シンガポールは1965独立後、クアンユーさんは克己して何に注力して来たか。
「吉田ドクトリン」が手本であることは明白である。
ASEANは米ソ中などの大国間の緊張の最中にあって、
等距離外交、そして、常々のその時々の適応、を旨とした。
地政学を根本とし、海と空との“ハブ化”、
金融都市国家、そして、最先端バイオ、エネルギーなどの特区、
学術都市、国家ファンドの設立など、
その根本は人口能力に最適化した効率化コンパクト国家概念であった。
経済開発=国民生活“暮らし”に邁進することが、
どこか悪いことでもあるのか。
日本国がさらに豊かになって、
諸外国、とりわけASEANの国々から財・サービスを購入することになったら、
それこそが真正の“積極的平和主義”の実践になる。