打ち上げられた漁船やがれきが残されたままの福島県浪江町の被災地
オボッテサルマーニヤは一体
オボッテサルマーニヤは名前であるか
名前でないとしたら
それは呼ばれたこともなく
では形はあるのか
形を与えるとしたらどんな形がふさわしいのか
手に取れるものなのか
手に取れないものだとしたらどんな
重さはあるのか、或いは思いがけないほど軽いのか
窓から手を出すと
手に上り付いて来る
せいぜいが色はうすーいみどりだ
いや考えや感情は大方
そんなものだらうと思われてゐるに過ぎない
見たことはないのか
それがこの時分になると
少し水気をふくんで膨れれてくる
それさへ実験で
でも、片方では生きてゝよかったね──と云ふのだ
ぽたぽた涙を垂らす
オボッテサルマーニヤはオボッテ
海の下にたくさんゐる
オボッテはサルマーニヤは地面の下にもたくさん横たわり
普段は知られてもいないがこの時分になると
ついに人々の脳下垂体の辺りに大きく膨らんできて
ある人はだから涙をぽたぽた垂らす
窓から手を伸ばすと
たちまち懐かしい思い出が生き物のやうに這い上って来る
オボッテオボッテオボッテ
オボッテ、泣かないで覚えて
触って、触れて、あたゝめて
忘れないで覚えて
オボッテオボッテ溺れて
流されて沈んで忘れられて
冷たくなって
サルマニヤ
指がきしきし云ふ
伸ばすだけ伸ばして
薄緑にあなたの思ひ出
窓の手に這い上り
脳下垂体の上にそっと降り立つ
俄然元気を出す
急に涙をぽたぽた垂らす
かうしてしかしこの時分に
形のないものに形を少しでも与へ
名前の無いものに
名を呼びかけてあげて
オボッテ、丘に上ろう
負ぶゑて
少しでも高いところに
さうすれば目の前の下に
蒼い海が広がり
まだ茫々とした野が茶色に広がり
いまだ名付けやうもないモノたちの少しが
霞のやうに広がり立ち
その意味が少しはその時に
分かるかもしれない
恰あたかも怒りや同情が
なにしろあんな悔しいことはないのだから
倉石智證
