■久里洋二さん「雪林」


春はうるみうるみてやって来る


木は、黙ってゐた

木の枝の雪も黙っていた

地面の雪は木の枝の雪を見上げ

木の枝の雪は地面に積もった雪を見降ろす

あれほど昼の間は賑やかだったものを

夕方が迫り

木々たちも黙ってゐる


古いドアを開けて出てゆく

背中しか見えないが

あれはごく親しい冬だらうか

上の方はそれでもどうやら明るいやうだ


もうすぐだね

もうすぐだよ

下の雪がさう語りかけると

上の雪はそっとそう答えた

どこかで何やら春の音がする

ずっと下の谷の方らしい

いやもっと下の方の村のあそこから辺りからかもしれない


やがて、光りのどけき

春はうるみうるみてやって来る

木は、黙ってゐた


「谷深み春の光のおそければ雪につつめる鶯の声」

(菅原道真)


倉石智證