春はうるみうるみてやって来る
木は、黙ってゐた
木の枝の雪も黙っていた
地面の雪は木の枝の雪を見上げ
木の枝の雪は地面に積もった雪を見降ろす
あれほど昼の間は賑やかだったものを
夕方が迫り
木々たちも黙ってゐる
古いドアを開けて出てゆく
背中しか見えないが
あれはごく親しい冬だらうか
上の方はそれでもどうやら明るいやうだ
もうすぐだね
もうすぐだよ
下の雪がさう語りかけると
上の雪はそっとそう答えた
どこかで何やら春の音がする
ずっと下の谷の方らしい
いやもっと下の方の村のあそこから辺りからかもしれない
やがて、光りのどけき
春はうるみうるみてやって来る
木は、黙ってゐた
「谷深み春の光のおそければ雪につつめる鶯の声」
(菅原道真)
倉石智證
