わたしの右手から
右足がちょくちょく左脚を訪ねてくる
右足は齢をとってもとても理性の人で
今日もいそいそと川を渡って来る
野原を渡って来る
大きな鞄を下げて
それはとってもたくさんな具体的な励ましや気遣いで
膨れ上がり
時に春の風は
香りやいい匂いでいっぱいになる
左脚は少し病み
少し気難し気で
それでもたくさんな窓が整然と南風に並び
玄関には善き人たちがたくさん並んでいる
つまり、家なのだ
股のぞきしたら
なんだ、きみぢゃあないか
しかし、真実は容易に語られない
いまちょっとの手前で息をひそめてゐる
それがちょっとさみしい
昔はよかったね、と右足は云ふ
左脚は相変わらずぶすっとしてゐる
根拠が無いのに「在る」と云ひ
あるいは「無い」と云ひ
眼の前に在ることに無いと云ひはり
無視し続けやうとする
とても原理主義だ
厄介なことになった
右足はいつも私の脈を測ろうとするが
天職とは世界の今在るわたしへの意味深い問いかけなのだ
くずぐすしてゐると、さア
ぶちのめすぞ
ツバメがやって来て股くぐりして
あゝ、手を使うことをすっかり忘れていた
それで、お互いに一つのものなのだと
その内にやっと気が付くのだった
家の窓を開ける
老若男女がどっと家の中に入って来た
倉石智證