私が生まれたときに

わたしは赤ん坊に過ぎなかった

百年、野菜ばかりを食べ続けたら緑色になった

そして、

百年肉ばかりを食べ続けていたら

私は赤い色になった


私の肩の上を多くの人生が素通りしていった

わたしの頭上の太陽を

わたしは流される水の中から見上げた

わたしはトマト畑に飛び込んで

畝に隠れてトマトをがじがじ食べた

瓜はほうたらかしにされた

水は冷たかったがむしろ嫌いではなかった

ミツバチの羽音がする


わたしは前は悪い人間ではなかった

まして、善い人間でもなかった

だが、そのことを確かにしたい


境界のそちらにいったらこのやうに祈るのだと教わった

むしろ父や母や、村人たちの後を

ただついて行ったやうなものだが

境界のあちらに行ったらこのやうに祈るのだと

それもやはり何も考えることなく、

兄弟や父や母の後をついて行った

山羊が啼いてゐる

山羊は悪くはない

兎は後ろ足でばたんと蹴った

山羊はじきに屠ほふられて

神さまに捧げられるのだとは知らない


そのやうに時間は過ぎていって

でも、海の碧さを越えてそちらの国に入ったころから

どうもわたしも変になったらしい

境を越えることで黒くなることもあるのだ

みんな向かうにゐる時は普通の人で

赤色や黄金色に輝いていたものが

笑顔や信頼に満ちていたものが

ある日突然墨色の不安に曇り

信じられないことだが、昔を忘れる


わたしはそこに入って多分悪くなった

人を殺してはいけない、

なんて云うことくらいは知っている

蜜蜂の羽音がそのことを伝える

わたしは前は悪い人間ではなかった

まして、善い人間でもなかった

私が生まれたときに

わたしは赤ん坊に過ぎなかった

それは、

あなたが生まれたときも

あなたもやっぱり赤ん坊に過ぎなかった


倉石智證