■モーゼの“出エジプト”は紀元前1285ころと推定される。

エジプトの王さまはラムセス2世

小アジアのヒッタイト(鉄の文明)とカデシュの戦い(紀元前1285)を起こしてゐる。

攻められて、自分の身さへ危なくなった戦いだ。



■ミタンニの王女様ネフェルティティを娶ったのはアメンホテプ4世。

アテン神の一神教を強制、都をテーベに変更した。

ラムセス2世の3代ほど前の王様になる。

アメンホテプの息子はツタンカーメン。

ところで世界、特に地中海システムでは海洋の民が勢力を伸張させていた。

ヨルダン杉は船舶の製材になった。

積み出し港はビブロス。

“バイブル”の語源になったと云ふ。

フェニキアも前1000年ころから活躍。

海洋商人の彼らたちはアルファベットの起源を作り出した。



■“トロイ戦争”が多くの推定から紀元前1250ころとされる様子なのだ。

私が想像するに、今のパレスチナ、イスラエル地域の人たちは、

世界史ではセム語族・アムル人とされるが、

北東からはインド・ヨーロッパ語族、

地中海からは海洋の民が、

小アジアからはヒッタイトなど、

すでに、さまざまな民の混淆がなされていたと推定するのがもっともだと思われる。


現イスラエル政府はパレスチナ人をガザとヨルダン川西岸地域に押し込め、

かつ、ヨルダン川西岸地域にイスラエル人の住宅を建てるなど、

中国政府ではないが、力による現状変更を続けてゐる。


■イスラエルが神殿の丘を封鎖した。

“岩のドーム”は632年、ムハンマドが死去、天に昇天したとされるところだ。

→正統カリフ・ウマイヤ朝時代(アラブ帝国)

→アッバース朝時代(イスラム帝国)

時代へと引き継がれてゆく。


ユダヤ戦争(ローマとユダヤ人の間で行われた戦争)で、

70年にエルサレムは陥落し、ユダヤ人たちが逃げ込んだマサダの砦も

73年に陥落(集団自決)、以後ユダヤ人たちの世界への漂流、いわゆる

“ディアスポラ”が始まった。


「あなたは神ですか」と審問官は尋ねた。するとイエスは、

「それはあなたが云ったことだ」と答えた。

ゴルゴタの丘で盗賊のバラバは同じ十字架の上から、

「お前が神なら、自分を救ってみろ」と罵った。

キリストは、

「エリエリレマサバクタタニ」と神に憐みを請う。

すでに自身の復活を信じていたのか。


紀元前1500ころヘブライ人がパレスチナに定住、一部はエジプトに

前1285頃「カデシュの戦い」この頃以降かモーゼの“出エジプト”。

前1000ころからダヴィデとソロモン王の時代、ユダヤ王国は栄華を極めたが・・・

前722にははやくも北のイスラエル王国と南のユダヤ王国に分裂し、

イスラエル王国はアッシリアに併合され、

南のユダヤ王国は新バビロニアに併合される。

かの有名な“バビロンの捕囚”は前586から始まる。

ユダヤ人の屈辱の歴史はますます彼ら民族の結束と選民思想を高めることになった。

パレスチナ人の起源は、ユダヤ人やサマリア人が言語的にアラブ化した民族だと云ふ。

「ペリシテ」はローマがそこの地域から“ユダヤ性”をなくすために呼びならわした。

つまり、現パレスチナ人も、現イスラエル人も、

紀元前から考えればほとんど同じ民族であったのではないか。


紀元後の世界史、世界システム、

つまりロジックはほとんどこの地から始まったと云へる。

未だに世界の“臍”。

誰かものすごい英雄が現れて、神のごとく

「許そう」そして「私に付き従え。みんな一緒に暮らそう」

と云へるやうな人が現れないものか。

X'masがまた近づいてくる。


やあ、と云って入って来たものだから

はい、と云って手を挙げてすれちがった

でも、振り返ったらもうゐなかった

不思議な人だね

なんだらうあの笑顔は

とほいどこかを見て笑ってゐる


すぐそばにゐるのに突きぬけてしまふ

正直な人なんだね、きっと

だから少しも気にならない

やあ、と云って入って来たものだから

はい、と云ってこんどこそつかまへやうと前へ回ったが

いつのまにか後ろにゐて

くすくすと笑ってゐる

どうなってんだらうね

つかまへやうがない

恩寵のことを云ってゐる


世界にはその場にしか身を置けない人たちがいて

どうもその周りは得たいが知れず昏く泥なずむでゐる

ところでその人はやあ、と云って後先なく入って来て

ためらわず

声をかけた

人々は驚いてどよめいた

自分たちのことだとは思へなかったからだ


光りの束が暗闇に花開く

大きな手が上下左右し

硬い顎が少しのことを物語る

わけもなく人々がそっちのほうに行かうとすると───

世界の汚辱に満ちた歴史

彼は指をさしユリの花と信仰のことを述べて

地に印をつけてここに残れと云ふ


つかまへやうとした人は

またいつのまにか後ろにゐた

背筋を伸ばして大きな躰で黙って抱き締めてくれる

たまには少し感傷的にもなるではないか

世界の恩寵のことを云ってゐる

みんなそれを待ち望んでゐる


倉石智證