私の断片がいろんなところに置き忘れられてしまふ
眼鏡だったり、
帽子だったり、
鉛筆だったり、
名前だったり、
住所だったり、
TEL番号だったり、
それはとても困ったものだ
ある晴れた日に
出掛ける
おーい、と云っても応えない
で、ある雨の日にふと
また出会ったり
見つけたりするのだ
出くわせる、なんていいね
ば様の場合だが
歯ブラシはいいとして
入れ歯だったり、
日にちだったり、
曜日だったり、
火の用人だったり、
縫い針をそこいらにそのまんまに
畑にはつい先刻使った四ツン歯ばとか、
草取りの手鉋かんなとかを
まるで自分の記憶の断片のごとくに置き忘れる
「手かんなさん、手かんなさん、
わたしの手かんなさん。どうぞ出てきておくれ」
目印に赤いリボンを付けた手鉋かんなさんは
不意に見知らぬものとなって
畑の畝の間に放らかされ
ば様もまた眠りの中でそれを忘れる
私の断片がいろんなところに置き忘れられてしまふ
手触りだったり、
匂いだったり、
鮮明に、ある懐かしさだったり
声だったり、叱られた声や、歌声や、
或いは風の声も、深い闇の声も含まれる
おまへのおっぱいや、
おまへのお尻や、
うなじや、ふくらはぎや
どうしやうもない起伏など
すべてすべてが時の彼方へととほざかって行って
呼びかけても
もうなにひとつとして取り返しがつかない
ば様はついにじ様を置き忘れ
私もついにその内に
わたくしとそのまはりを置き忘れるのだ
倉石智證
四ッン歯=歯が4つの鍬
三ツッ歯=女性にはこちらの方が軽くて使いやすい