剥奪されたもの
ただ在るものの
大事に扱われながら静かに古びた
迷宮へと運ばれるまへに人々はバスに乗って
全員が前方を向いてゐる同じ姿勢の交番前の停留所で
どうやらその親密さが奪われて
だからみんなが影になり
硬直し、どこかぎこちないのだ
「練馬車庫前まで」
やっと口をきいてくれる
激しい嫉妬が胸を焦がす
どうやらこのバスに乗るとみんな力を奪われて
古びて静まりかへり
その一方でただ過ぎゆく窓外へ
郷愁の眼差しを投げかける
ぼんやりとてへるらむぷを眺め
剥奪されたもの
ただ在るものとして
みんなが同じ方向に向かって腰をおろし
逃げ出すわけにもいかず
交番のおまわりさんが笑顔の挙手をする
ヨドバシから西口のステイションで
大ガードを潜り靖国を通って来るうちに花園で
はなから迷子になる
「この線から入っちゃあ不可ないよ」
実存は本質に先立ち
だからみんなが影になり
硬直し、どこかぎこちなく
全員が前方を向いてゐる同じ姿勢の交番前の停留所で
不図眼が合って我に返りあわてゝ
その赤いボタン
だれかぼくの降車ボタンを押してくれ
倉石智證