それは危険な中州なんだと

ウェルギリウスは云った

陽の光があらぬ方から照ってゐる

さらさらと、さらさらと光りが射し

そこへ紛れ込むと蝶はたちまち混乱して翅をはためかせ

鱗粉をまき散らし

教室の壁面は見る間に蝶の標本で一杯になっていった


うごかないもののまへでは、

うごきやうがない。


ページを開けると蒼然としてあなたはそこにゐた

ツァラトゥストラはかく語りき───

ページを繰る度に

さらさらと、さらさらと無数の蝶が飛び立った

文字となり、窓を抜けて、教室を越えてゆく

そこには真正の青空が書割のやうに広がった

中州は、もう見えない


倉石智證

中原中也「在りし日の歌」創元社(1938年4月)

より

「一つのメルヘン」


秋の夜は、はるかの彼方に、

小石ばかりの、河原があって、

それに陽は、さらさらと

さらさらと射しているのでありました。


陽といっても、まるで珪石か何かのようで、

非常な個体の粉末のようで、

さればこそ、さらさらと

かすかな音を立ててもいるのでした。


さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、

淡い、それでいてくっきりとした

影を落としているのでした。


やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、

今迄流れてもいなかった川床に、水は

さらさらと、さらさらと流れているのでありました……


中原中也は1937年に

30歳で亡くなってゐる。